A-少年A-が出来るまで-4


心の中で、モザイク規制がかかりそうなムンチャの姿に合掌しながら、俺は席で料理を待っていた。
玄武の背中が、どこか山婆じみて、恐ろしく感じられた………。


朝食で出たのは、亀パンにしろろパン、ガーデン特製ハーブ入りコーンポタージュ。ブラジル風サラダという、至ってヘルシーな品々。それに大サイズの怒れる白馬クッキーがおやつに出された。
「…………これに小サイズはあるのか?」
「ないよぉ〜」
「じゃあなんでわざわざ大サイズと名付けたんだよ」
「企業上の秘密だよ」
「秘密は秘密のままだよ」
玄武とマーマー共は教える気がないらしい。――謎だよな。


食事を終った俺は、以前レイジの野郎が使ったバイクと同型のものが車庫にあるのを発見。乗っていいか訊いたが、スピカの「HARD階段食らいたいぃ?(笑)」と言う末恐ろしい酔いどれ脅し文句を聞いたため、敢えなく断念した。くそ、一度.(Period)速で乗り回してみたかったんだが………。
「あんたさぁ、遠出したかったらあたしについて来なよ」
スピカはそう言うが早いか、酒臭い息のままふらふらと立ち上がり、そのままドアノブに手を――ってちょっと待ったぁ!
「スピカ!着替えろ!」
明らかな親父ルックスで外に出ようとするスピカを俺は間一髪で制止し、階段をぶつけられる覚悟で腕を掴んだ。
俺の人生、悔いだらけだがまぁいいだろう………。
「………」
………生きてる?ってか――
「Zzz...」
スピカ………寝てんのかい。酒の飲みすぎだっつー話だよ、全く。
「Aさぁ〜ん、Spica姉さんお預かりしまぁすぅ!」
まだ寝ている家族用に食事を作り終えた後、玄武はスピカを担いで上の部屋へと運んでいった。………なんつー力だ。
しっかし、近くを歩き回るのも良いが、やっぱり少し遠出してみたいぞ俺は!
そんな衝動に体を震わせていた俺の肩を、ぽんぽんと叩く男が一人。
「……良ければ、姉に代わり案内しよう……」
マフラーメガネボーイ、ポップミュージック論君だ。当人は出演場所の所為か、よく名前を間違われているという。
「君は免許は――」
持っているのか、そう俺が質問するより前に、ポ論(家ではそう呼ばせているらしい)君は服の中から何らかのカードを取り出して俺の目の前に提示した。
そのカードにはこう書かれている。


『乗馬技能 2級』


「………は?」
「さぁ、行こうか義兄上」
呆然としていた俺の腕をがっしと掴み、妙に呼び方を変えたポ論によって、俺はずるずると外へ連れ出されていった………。


ブルルルル…………
「………よしよし、チノ、今日もお前は可愛いな」
「…………」
ポ論が馬とコミュニケーションをとってやがる。鬣を撫で、首筋を優しく叩き、鼻頭をまた撫でる。その度に馬を可愛がるような一言を告げ――。
――どこから突っ込むべきなんだ?これ。
「……まず、この家に馬がいたのが驚きなんだが」
「………耕作期の貴重な移動手段になる友人だ」
「………さいですか」
この男………俺より年下の筈なのに妙なオーラがあって普通に話し辛いんだよな………。
「で、さしずめ君は大親友、ってところか?」
「いや、兄上である…怒れる大きな白い馬には負ける。これも元々は兄上専用馬であるしな」
「ふぅん………あ?」
今何つった?無茶苦茶長い名前が聞こえたぞ?しかもそれが兄だって?
「………あぁ済まない。親が某バンド――リトプレ姉上の親がボーカルを努めていたバンドにリスペクトしてつけた名前だ。家族では大白、もしくは大兄、と呼んでいる」
「その兄貴は何をしているんだ?」
俺の質問に、ポ論は眼鏡の内にある瞳を少し伏せ、ぽっ、と呟いた。


「………動物調教師とアクションスター」


………何だこの明らかに釣り合わない組み合わせは。後者が前者の役をやるドラマならあるが、その二足の草鞋は可能なのか?いや、可能なのだろう。何てったってここは、そういう奴がうじゃうじゃいてもおかしくない世界だからな。
――っと、あと一つ突っ込んどかなきゃならないな。
「なぁポ論君」
「…………?」
非常に気になっていたことだ。
「俺を、どうして'義'兄さんと呼んだ?」
まだ俺はリミックスされてないぞ?
俺の疑問を放置しつつ、ようやくチノを厩から出し、手綱を握りつつ俺に手を出すポ論。
「………馬上で話す。こう見えて、チノはあまり気の長い方じゃない。一先ず乗ってくれないか………」
躾られていねぇのかよ。まぁ来客が無さそうな場所だ。ヨソモノに対する警戒心も強そうだしな。曲も人も動物も、育ってきた環境が違えば、考え方や価値観が違うのは否めn
「………著作権違反」
「うるさい。てかモノローグに割り込むな」
そもそも著作権は昨夜既に侵しとるわバカモン。
………んな事考えててもしょうがない。俺はポ論の手を掴み、足掛けに左足を掛けて馬の背に飛び乗った。
「………8.52点。10点満点で」
残りの1.48点はどうした。………駄目だ、この家族のキャラが読めねぇ………。


「………ここからは夏地域だ。この辺りは、場所によって春夏秋冬がズレる。うちの周辺は………今は秋か」
「不思議な土地だな。ここ」
「………ああ」
「………にしても、綺麗だな……向こうにある山、あれは何て名前だ?」
「………あの山は、別名『神灯』と呼ばれる山だ。行けば綺麗な場所だが、樹が乱立しているため迷いやすい。ムンチャ兄上も一度迷子になったと言う」
「へぇ………(パシャパシャ)」
「………そこからこの辺りまでが大体大地主であるトメ爺の土地だ。ここのラジオのメインパーソナリティでもある。……挨拶するか?」
「止めとく。見たいのは山々だが」
「山もトメ爺は持ってるぞ」
「誰が巧いことを言えと」
「………それは置いといて。トメ家の田の中を横切るように一本の川が流れているだろう?」
「あぁ……しかもでかいな」
「あれが出雲川。近くに神社があって、宮司のE-TEN-RAKU氏が毎日水神さまにお祈りしているそうだ。あ、写真程度では神は怒らないそうだ」
「情報サンキュ(パシャパシャ)お?あの鳥は――しろろ?」
「………この辺りは野生のしろろがよく見られる。写真は――フラッシュは厳禁だ」
「了解(パシャ)」
「………一つだけ、アメトリは写真を撮らないで欲しい」
「ん?アメトリ?」
「………今日のような快晴の空に現れる、蒼い龍だ。この地域の雨を司るんだが………恥ずかしがりやで、写真を撮ったが最後、大雨か干ばつが起こる」
「色々と釈然としないが、郷に入った以上は郷に従うさ。分かったぜ」


ポ論のお陰で、写真撮影は順調に行っている。こりゃ、帰る頃には全部埋まってるんじゃないのか?……何かスパイラルの奴に乗せられた気もしなくもないが。
改めて景色を見渡すと、機能の夕方に見た風景とは、少し趣きが違っているように思えてくるから不思議だ。
昨日が寂寥だとするなら、今日は――穏和、ってとこか。青々と茂る稲、とうとうと流れる川の水、コンクリートの気配がない土の地面のあちこちは季節折り折りの花、季節関係ない雑草などが生い茂っている。それらは互いに自己主張しながらも、それらがいい感じに溶け合って、一つの絵画的調和を作り出している。
これが、自然と共に生きる人々の環境なんだな――。


ブルルルルル………。
突然、今まで静かだったチノが鳴き出した。その声を聞くやいなや、手綱を取りチノを止めるポ論。
「……お?済まないが義兄上、少し降りてもらえるか」
やはり'義'をつけるポ論。正直突っ込むのにも疲れてくるが、それでも突っ込まないわけにはいくまい。
「だから何で義兄なんだよ」
「………チノが水を飲み終った辺りで話す」
出雲川へとチノを引き寄せながら、ポ論は事も無げに呟いた。
焦らすなよ。焦らされるのを好きな奴もいるだろうが、生憎俺はそんなラブコメステイタスは持ち合わせてはいない。が、ポ論は本気で、水を飲み終らせるまで話す事はないだろうな。変に意思は強そうだし。


ポ論が話し始めたのは、水飲みを終ったチノに乗り始めて、丁度十分ほど後の事だ。
「――父が、あまり兄弟を増やさないのは、ご存じだろうか」
知ってる。7thの時にSpica(泥酔)に散々絡まれては愚痴を溢されたからな。
「単にうちの親父が創りすぎなだけだと思うけどな、俺は」
兄弟の数だけではNAOKI家や泉家に次いでるんじゃないのか?それぞれDDRギタドラが活動先だが。
俺のその答えに、ポ論はそうなんだが、と続けた。
「他の主な家に比べて、我が家では兄弟が増える事が少ない、それは事実だ」
「………まぁ、な」
「………だからこそ」
そこでポ論は一瞬言葉を切り――


「だからこそ、我が家の血が流れる兄弟が増えるのは嬉しい。血の繋がる前だから'義'をつけているが、後に外すつもりだ………」


「…………そういう事か」
つまり、血の繋がりがない、兄弟になる者、だから'義'とつけたのか。………兄弟を待ち焦がれていたんだな。
「………リミックスの後はよろしくな、'義'兄上」
ポ論の言葉に、俺はおう、と軽く答えた。


それから十分後、駐'馬'場にチノを止めた俺達二人は、街を適当に散策した。――にしても、やはり規模は小さいな。本当に必要なところだけを集めた感じだ。
だが――。
「――ラジオ?」
『すまりあオヂラとひの星』と書かれた張り紙が、辺りの店に高確率で張られている。
あと何故か、店に眼鏡屋が多い。
「義兄上、眼鏡談義は長くなるので割愛するがいいか?」
「よろしく」
DUEの奴がいたら盛り上がれるかもしれんが、非眼鏡着用者且つ眼鏡属性不所持な輩にその話題はキツイぞ………。
「………星のひと………ラヂオ?」
「『星のひとラジオ』、だ。形は微妙だが、性能は折り紙つきだ」
「形が微妙ってどういうこったよ………」
それは商品として致命的じゃないのか?
怪訝そうな俺の顔を見たポ論は、ふと考えた後、こう提案してきた。
「店に入って見てみるか?」
「否定すると思うのか?」
そんなわけで二人は、張り紙のある店に一緒に入っていったのだった。


「………わ」
「………な?」
「………ああ」
確かにこりゃ微妙だわ……。生き物がラジオに取り付いたような形してるし。どうやら生き物部分がアンテナらしい。
そして肝心の機能だが――


「………わぉ……」
「………な?」
「………ありえねぇ……」


世界の壁を越えたぜこれは………。
周波数修正と他の様々なボタンをいじるだけで、色々な世界のラジオを聞けるらしい。中には、テレビ番組を音声と副音声解説付きで聞けるという、何とも微妙ながらも役立つ機能がついていた。
「『音響寺』は、こっちでも評判だからな。ポプ国でも聞いている」
「聞けるのかよ」
「このラジオならな………」
恐ろしいぜ………星のひとラジオ………の割に値段は安いな。星野ボイスよりも安い10000GPか。
「………この辺りが栄えたのは、ラジオを創ってる工場が存在するからだ………」
「成程」
仲介業者を殆んど通さないから、当然値段も安くなる。都合の良いこった。
ふと、俺は電車に乗る前に聞いた弟の言葉を思い出した。
『土産あればよろしくな兄者〜!』
「……………」
俺は無言で自分の財布を開けた。
AV革命桜色にしこたま稼いだ額の一部が、しっかりと現ナマで入っている。
――買ってやるかな。
「………これを一台、プレゼント包みでお願いします」
商品を掴み取ると、俺はカウンターまで一気に持っていた。
「一萬GP、現金でお願いしま〜す」
店員の三編み女子――アルバイトだろうか。『僕の飛行機』と名札がついている――は、そう言うが早いか、商品を緑色のプレゼント用紙で包み始めた。
現金指定。
この時ほど現金持ち歩きで良かったと思ったことはない。
一枚、一萬GP札を置き、俺はプレゼントを受け取った。
「ありがとうございました〜、またお越しくださいませ〜」
そういう彼女の顔が、妙にニコニコしているように見えたのは気のせいか?それに、俺をよく見ている気がするし――。
妙なアルバイトに見送られて、俺達二人は店を出たのだった。