A-少年A-が出来るまで-5


店を出た俺。小さな街のアーケードを何と無く眺め回す。
都市とは違う、だが田舎ではない、どこか――田舎めいた都会と言った感じだ。
自分の表現力の無さに嫌気が差すが、ある程度は仕方ない。それが自分の能力だ。
アーケード、と言ったが、スパイラルに資料として見せてもらった、道頓堀のそれとは違い、自然と人工の同化が進められている、と言った感じだ。
事実、アーケードを支える柱の一部は、外の植物が絡み付き、見ているとまるで柱が地面から生えている様な感覚に陥ってしまう。
――これも条例か何かか?
「――あのさ、ポ論君?」
「……義兄上、何か疑問か?さっきの店員なら姉上だが」
「いやそれはいいんだけど――え?」
ちょっと待った。今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?さっきのラジオの店員がポ論の姉?
「………義兄上、『僕の飛行機』はwac家の出身だ」
「――何ィっ!?」
って事は俺を見て微笑んだのは――やっぱしそういうことかい。
「一言ぐらい言ってくれよ!俺は何で笑われたのか気になったんだぞ!?」
「………聞かれなかったからな。言うほどのことでもないし」
そう言われてしまうと、何も言い返せやしない。確かに言うほどのことではない。騒がれたら対象が迷惑するだけだ。
「……で、義兄上。それが質問でないのなら、何が質問なのだ?」
素朴に日本語がおかしい気もするが、まぁいいだろう。オレはさっき疑問に思ったことを尋ねた。
「このアーケード、やけに外に蔦が絡まっている気がするんだが」
「気のせいだ義兄上」
しれっと返すポ論。明らかに気のせいじゃねぇし。
「気の所為なわけないだろ。現に柱に絡まる蔦は目に見えてるじゃないか」
「あぁ、あれは魔王の娘だ」
「あぁそうか魔王の娘か――ってんなわけないだろ!俺は子供か!」
全く、微妙に突っ込みづらいボケをかましやがって!しかも本来は対応が逆だろうが!魔王の娘が居る方が大問題だろうが!
俺が睨むと、ポ論は眼鏡を少し上げ下げして、表情を変えずに呟いた。
「………冗談だ義兄上」
「………冗談に聞こえねーぞ」
表情と声の調子を少しは変えてくれ。頼むから。
俺のジト目に視線すら反らさず、ポ論はやっと答えてくれた。
「………『自然と人工の調和ってどんなものかしら?』という標語をテーマに建てられた街らしい」
「何だそのお嬢の気まぐれみたいな標語は」
だがその一言で、俺の予想が当たっていたことは確かとなった。計画の基に作られた街。自然と共に暮らすことを目的とした街。それが此処なのだ。初めから計画されていれば、いや、いるからこそ違和感なく溶け込めるのだろう。
――にしても『Zodiac』からはえらく遠いがな。
「……この街の標語を作ったのは……」
ポ論がまた口を開く。今更驚くつもりはないが、また兄弟か?
「お前さんの兄弟か?」
俺の一言に、ポ論は頷いた。
「………空気が読めない男、とスピカ姉は話していたが、どうやら違うらしいな………」
「スピカの奴〜!」
アイツ!wac曲がSud+化してるのはその所為でもあるのかよ!
「……一応、あれでも現在、家族準最強だ。逆らう事は出来ないぞ……」
無論最強は蠍火だ。だがあいつはGENOCIDEに熱をあげてこちらに帰ってこないという。つまり、実質家族で家にいる最強の曲は、スピカ、ということになる。
「……はぁ」
端迷惑な話だ。どこの世界に徹夜酒してバジャマで外を案内する大黒柱がいるんだよ………。
「………話を戻すが、標語作成者はthe keelとDark【w】ish。いずれも姉だ………」
「性格は想像の通りか?」
俺の問いに、無言で頷くポ論。成程、高飛車なお嬢様、と。
――ってそれが二人か。ポ論――お前どれだけ苦労してんだ?
「……義兄上程ではないと思うぞ」
「だからモノローグに割り込むなよ。びっくりするから」
一瞬でも同情しそうになった俺が馬鹿だった……。


「………よしよし、待たせたなチノ。ほら、お前の好きな人参だ」
「………」
チノが餌を食い終るまでの間、俺はぼんやりと空を眺めていた。
青い空。
ただただ、青い空。
時間をみると風情が壊れそうだ。
そして、その青空を横切る、いくつもの白い影――言うまでもない。しろろだ。
梟は夜行性じゃないのか?と疑問を持つが、昼行性の梟がいても、少なくともおかしくはない。それに――
「……サファリが見せた図鑑にはモロに、夜は寝る、と書いてあったからな………」
これぞ自然の不思議。ついでにサファリが何故そんなもんを持っていたのかも不思議。
と、しろろが山に消えていくのを見送っていると――


空に、見慣れないものを発見した。


なんと表現したら良いだろう。
その外見はまるで'デフォルメされた龍'とでも言うべきか。狗系の細長い口に、流れるような鬣が上に数束。そこまで長くはない胴体の先には、脚のように二股に分かれた尻尾……脚か?あれは。
体の色が、青を基調にしたオーロラのように光り変わっていくその様は、ただ言葉を奪い、体の自由を忘れさせる。
宝石のような輝きを振り撒きながら、身をくねらせ空を舞う龍――間違いない。
俺は今、アメトリを目にしている――。


写真に収める気すら起きなかった。
あれは、写真に収められるもんじゃない。心に収めるもんだ。
海よりも壮大に広がる空、その無限の広さを、どうして写真に収められる?
アメトリは空だ、空そのものだ。
遠ざかる姿を見送りながら、俺はふと、そんな事が頭に浮かんだのだった――。


「………アメトリを見たのか」
帰りの馬上、俺の顔を見てポ論はいきなり聞いてきた。こいつのことだ。今までのモノローグを読んだに違いない。
「……ああ」
嘘をつく意味がないので、素直に頷く。
「………そうか」
それだけ呟くと、ポ論は黙り込み、手綱を握り締めてしまった。
だが、俺にはこいつの考えている事が分かった。分かってしまった。
こう思っている筈だ。
「写真には写せないものがある、それを見た感覚は――今の義兄上の感情そのものだろうな」


こいつは、俺の感情など、簡単に読めてしまうらしいな。言葉の裏に秘められたものを、簡単なパズルを解くように読めてしまう、こいつはそんな奴なんだ。
言葉など、こいつには然程必要ないものなのかもしれない。
空を舞うしろろの群れが雲を追い掛ける様を眺めながら、俺はただ馬の背に、揺られていた………。


『Zodiac』に帰ってくる頃には、もう時刻は午後を迎えていた。
チノから降りた後、ポ論は頼まれていた食事を玄武に渡し、俺は手荷物を自室に当てがわれた場所に置いた。そして、弟からのメールを確認する。
『兄者、元気か?こっちはVotum Stellarum兄のリミだけ先に行われる事になった。何でも、wac氏がやり残したことがあったよあははと、リコーダーと麦ふぁ〜を手にこっちに来ていたらしい。
明日にはそっちに着くとも氏は言っていたから、心配はしなくていいそうだぞ。
では、また追って連絡する』
「……弟者」
少年ラジオ氏に会ったのなら、その風貌を少しはこちらに送るなりしてくれ。正直風貌が分からないのはこちらとしても辛いぞ?
と言うより、先にremixかよVotum………。羨ましいぞアイツめ。
ん?そう言えば少年ラジオで思い出したんだが………今朝磔にされていたムンチャはどうしたんだろうか?
俺は階段を降りて、心なしか早足で居間に向かった。
窓を見る。テープ痕が残った強化ガラスが目に入るが、ムンチャの姿はない。
何故か安堵してしまう俺。一日中磔されていたら昨日の言葉の意味が分かんなくなっちまうから、それも仕方ないだろう。
「昼ご飯ですよ〜」
を、玄武の声。横を見ると、割烹着に身を包んだ玄武が食事をテーブルの上に置き終ったところだった。
何やらドタドタと音がし始めた。さて、俺も早速席に着くか。


昼飯は玄武パンに、ロクブテトースト、それに夏の思い出メロンパン……パンばっかしかよ。
マーガリンの代わりにバター。どうやら健康ミルクから作られたらしい。ただ………ポプ国の兄弟は全く手をつけようとしなかったな。何故だ?美味しいのに。
スープはハーブ入りのポタージュ。クルトンは期待してはいなかったが、何個か入っていたので嬉しかった。
まぁ、味は言うまでもないものとして……問題は料理じゃなく――。


「……………」


隣で灰になっているムンチャなわけだが。
………えぇ。見るも無惨な燃え滓になっているわけですよ。普段の姿をそのままネガポジしたような。髪の毛なんか真っ白だしあしたのジョーやらベルサイユの薔薇やらを想像した方が分かりやすい。
「………兄上、気を確かに」
隣ではポ論が、動かないムンチャを必死で回復させようとしているが――戻る気配がない。
――あんたら何をしたのさ。
俺の目線に気付いた女性陣が次々答える。
玄武「覗きの罰ですからぁ〜、私の圧縮オブジェをぉ〜」
マーマー女「高速多重階段〜」
smile「階段とトリルだかぷ」
リトプレ「あとはスピカさんが私のHAZARDを借りて密集地帯を抜けられるまで何度も起こしてましたね」
「………うわぁ………」
酷ぇ。特に玄武、スピカ。お前ら、弟を黄色い救急車に乗せる気か?覗きの罰にしてはやり過ぎだろう………。
そんな俺の視線に気付いたのか、玄武がさらっと口を開いた。
「えぇ〜?'地下室'の方g(ry」
「分かった分かったから喋るのを止めてくれ」
忘れてた……。玄武の奴、嘆き嬢の地下室に拷問器具一式置いてあるんだった……。
真性エスの集いかよ、覗き刑罰の女共は。
………そういえば、ジェノもスパギャラも同じ事してふじこられていたな………。
因みに、スピカがこの食卓にいないのは、昨晩散々酒をかっ食らって今は睡眠中、だそうだ。今朝のアレだな、要は。
――を?そう言えばマーマー男は……隅で震えている。理由は聞かないでおこう。
………聞かずとも分かるがな。
そうして、どこか微妙な雰囲気のまま、昼食の時間は過ぎていった。
味は美味いのに、どこかすっきりとしない気持のままで。


さて。
昼飯は過ぎたわけだが、こうも田舎だとやる事が無いわけで。
客人である手前、手伝いもさせてくれねぇ。
携帯を打とうにも、相手が弟じゃな……。
ん?そういやスパギャラのメアドを以前ジェノから横流ししてもらった事があったな………。
――掛けてみるか。


コール………8………7………6…5…4・3・2《ピッ》
『(ドゥゴーン!)……今取り込み中だ!ハァ……ハァ………明日にしてくれ!《ピッ!》』
…………。
スパギャラ………お前、何やってんだよ今!後ろで爆音鳴ってんぞ!?どういう状況だよ!?
はぁ………。ったく、使えない奴め。仕方ない。弟に電話するk


brrrrr………


ん?メール?弟からか。


『兄者、そろそろ収録に入る。しばらく出られなくなりそうだ。済まない』


――神様、教えてくれ。
俺に向ける笑顔はないのかよ。
俺に少しは微笑めよ!


「わぁ〜い!」
「えぇ〜?おかしくなぁい!?」
「………はぁ」
あの後、やる事が無くなった俺が昼寝しようとしていたところ、マーマー二人の『わはー♪』をモロに食らい強引に起こされた。全身がひしひしと痛む中で生意気にも、あの二人は俺に審判役を強制してきやがった――軍人将棋の。
んな地味なもんで遊ぶなよ若いのが。もっと外で遊ぶなり――ってどっかの親父かよ俺は!
それは兎も角。このガキ二人は元々はTVゲームで遊ぼうとしたらしいが玄武により占拠され、PCゲームで遊ぼうとしたらsmileに占拠され、携帯ゲームはリトプレにより没収中――それで妥協して、このゲームを始めたわけだという。
ゲーム持ちすぎ。これだから最近のガキは………。


現在の状況は男の優勢。だがな、ルールを見たんだが多分これだと最後に女に逆転されるぞ………。


「はいっ!」
「えぇえっ!」
女が飛ばしたのが飛行機。男の本陣には――地雷。
「………女の勝ち」
俺はそう告げると、互いの駒を表にして、そそくさとこの場を立ち去ろうとして――服の裾を二人に捕まれた。
「もう一試合!もう一試合だけ審判をやって!」