A-少年A-が出来るまで-6


「え〜!?また将棋やるのぉ〜?」
「ボクが勝つまでやりたいの!」
………おい、お前ら。
「今まで何回試合をやってるのさぁ〜」
「やだのっ!ボクは勝ちたいのっ!」
「いい加減にせんかぁっ!」
――ったく、俺の堪忍袋もそろそろ我慢の限界だ!
「人が昼寝してる所を勝手に叩き起こして、そんでお前ら二人はるんるん楽しくゲームか!?お前ら俺のことを便利屋だとか思ってねぇか!?」
二人はキョトンとしたまま俺の方を向く。気にせず俺は続けようとして――背後に気配。しかも、かなーり嫌な気配。


「………頭痛ぁ………」


うわ。いっちゃん来て欲しくない奴ハケーン!
先程まで布団にいたであろうボサボサの頭を親父のように書きむしりながら、寝惚け眼のスピカが俺の背後に立っていた。
明らかに、視線が殺気立ってるぜおい………。起こした直後の〇ビ〇ンでもここまで酷くはないだろ――。
「丁度いいわ………アタシの安らかな睡眠を完膚無きまでに妨害してくれちゃった罪………」
スピカが両掌を上に向け、譜面を出し始めた……ヤバイ。wac家の譜面は大概DPはヤバいことになってる筈だ!
――待てよ?後ろに気配が殆んどしないぞ……ってあぁっ!マーマー共、逃げやがった!


「アンタの」
その日、俺は、


「体に」
生き地獄を見る――


「思い知らせて」


――筈だったんだろうが。


「あげふっ……」
俺の目の前で、突然崩れ落ちるように倒れるスピカ。そしてその背後には――。


「病人はぁ〜、おとなしく寝ていてくださぁ〜い」


「………」
手刀を首筋に食らわした姿勢のまま、やはり割烹着姿の玄武がにこやかに立っていた。玄武……お前あのスピカをよく一撃で仕留められたな。さすが超低速密集譜面を持つ四天王の一角。つーか一体、当て身なんてどこで覚えたんだこいつは。
いびきを立てながら寝ているスピカを背負うと、玄武は俺にウインクをしながらこう言った。
「あの二人はぁ〜、リトプレ姉さんがぁ――」<あなた達ねぇ………<指が、指がぁぁぁぁっ!(ガシャーン)


「――というわけなんですぅ〜」
お、おい………。
「い、今恐ろしい断末魔が、下の階から聞こえたような……」
「幻聴じゃないですよぉ〜」
あぁ分かってるさ。俺も同じ事をすると思う。だが、某空中要塞の主を思い出してしまってしょうがないぞあの台詞は!
一先ず引きつった笑顔で話題を避わしつつ、俺は玄武を見送ることにした。
ずるずる、とスピカが床に引きずられる音を響かせながら、玄武は寝室に移動していった。
…………。
さっきの騒動で完全に目が覚めちまったい。
しゃーない。外に散歩に出かけようかと、俺が階段を降りようとしたとき、


「かぷかぷ〜」
smileが俺の腕を捕まえていた。
「………何だ?」
腕を引いても地味に力を入れているからか、全く動く気配がない。――案外力あるぞこいつ。
「ちょっとPCの事で聞きたいのでかぷ」
どうやら語尾にかぷ、とつけるのがこいつの口癖らしいが――随分妙な口癖だな。
それはそうと、PC………?何を聞く気だ?
「何を?」
「出して欲しいものがあるのだかぷ」
「だから何を」
苛立たし気に俺がそう言った瞬間、
「見る方が早いかぷ〜!」
俺と同程度の速度で下の階まで走り出しやがった!ここは階段だって言うのに!
「わ、お、ちょ!」


神様。
俺に拒否権を下さい。
くれなければコンマイと呼び続けます……。
――寧ろ一生呼んでやんよ。


smileが探していたのは、rainbow rainbowとConcertino in blue、そしてサファリにあげるためのお菓子、あるいは食品だった。何せこのど田舎だ。地元の食品だけじゃ種類が限られる。そこでネット郵送を用いるらしい。ところが送るに当たって、商品を扱うサイトが複数あり、判断がつかなくなった。そんな時、家でよくPCをいじっているという俺の話をどっかで聞いたのを思いだし、暇そうだったら連れて聞こう、そう考えていたそうだ。
――暇そう、って………。俺のこと考えてんのかどうか知らんが、さっき俺の予定を聞かずに腕を引いたぞ?どうも信用がなぁ……。
ま、教えてやるがな。さっきと違って、俺が動ける奴だから。
早速俺は、値段が程々で商品の幅に定評がある雑貨屋'KEEP ON MOVIN'のサイトに繋いだ。外の国にあるショップだが、大体のものはそこで手に入るのだ。
「レインボウには――ワラビモチは厳禁だ。届く前に食べる奴がいる」
あのあまりに有名すぎるトラブルメーカー。神出鬼没にして電波持ち。その癖に数学能力は滅茶苦茶高い四天王の一角が頭に浮かぶ。声と一緒に。
「分かったかぷ。じゃあこの'ななついろドロップス'にすr」
「それは止めとけ色々とマズイ」
揃いすぎだ。別の国なら兎も角、どうして別世界のもんがここに入ってんだよ。
「俺的には'ヘヴンスカイ'が良いと思うけどな」
選んだのは、元気が出るような蒼い色をしたドロップ。スマイルは気に入ってくれたらしい。
「確かにお手頃かぷね」
早速にカゴに入れていた。お値段80GPなり。
「次はコンチェさんかぷ。彼女にはここの特製'三倍フローズンレイ〜コキュトス風味〜'をプレゼントするかぷ」
な?何!?あの特大サイズにも関わらず予約が尽きない、DUEがいつも欲しがっているあれ、この辺りで作られてたのか!?こいつは驚きだ。
だが確か、あれって800GPしたよな……?
「おいおい、資金は大丈夫なのか?」
「問題無いかぷ」
何のことはないようにスマイルは答えてきた。多分七段でしっかり稼いでいるのだろう。
「最後にサファリさんは――」
「一つ教えておくと、あいつも甘党だ」
「知ってるかぷ。暇なときにポンデリングを大抵口にしていたかぷ」
「マジかよ………」
よく太らないな、アイツ。難民結構食って――まさか、高速化した事で余計にテレテレの消費カロリーが増えたのか?
「マジかぷ。だからそんなサファリさんには――」
カチカチカチ。
「――これを送るかぷ」


【濃縮ハニー♀パンチ】


「ちょっと待て!そりゃパチモンだ!」
何とか、カゴに入れる前の段階で止めた俺。ナイスギリギリ。
危ね〜。この菓子妙にパチモンが多いんだよな。パチモンは大抵甘さが異様なまでにクドいからおすすめできねぇんだよ………。
「?」
「正しいのはこっち」
俺はカーソルをある一点に合わせる。


【濃縮Honey♂Punch〜Sweet Sweet Magic Mix〜】


「………凄いタイトルかぷ」
これがその甘さで人気の菓子が行き着いた最終点の一つだ。
『とにかく気持の良いくらい甘く!』を目標に創られたそれは、口に含むだけでとろけそうな舌触りを約束してくれるという。
ワンモアがキャンギャリと街に行くと、確実にクエ宛てにこれの請求書がくるんだよな………と、脇道に逸れたがそんなお菓子だ。
スマイルは最初ややそのタイトルに唖然としていたが、値段を確認し、少し考え、左ボタンクリック。
これで、三曲に渡すプレゼント選びは終了した。


「ありがとうかぷ♪」
満面の笑みで手を振るスマイルを背中に、俺は外に出ようとして――和室に何かの気配を感じた。
「………ん?」
PCの部屋の隣にある和室の戸は、一mmのズレも無くぴっしりと閉められていて――何故か防音加工されている。
何故よりによって和室を?それ以前に防音加工する必要あるのかよ。周辺に殆んど民家無いだろ………。
「…………」
中に何があるんだろうか。知りたいような知りたくないような――。
俺はその戸に手をかけようとして――腕を捕まれた。
「――世の中には、知らない方が良いことがあるかぷよ」
笑顔を消したスマイル(変な表現だが分かるだろうか)の、異常なまでのシリアスな雰囲気に飲まれ、俺は思わず動けなくなった。
と――視界の端、襖の木目部分に何かが刻まれているのが目に入る。
「……なぁスマイル」
「何かぷ?戸は開けちゃ駄目かぷよ」
「あぁ。開けないよ。だからその手を退けてくれないか?」
スマイルは、笑顔を消したままで答えてきた。
「開けるな、は警告かぷ。開けたらムンチャ兄の二の舞になるかぷよ」
――俺の顔から、血の気が完全に引いた。
……あぁ、何。そういう部屋ですか。っつー事は、木目部分に刻まれている文字は……。
「………なぁ。あそこの木目に何か刻まれていたりするんだが……まさかあれ、『懲罰室』とか刻まれていたり……しないか?」
俺は恐る恐る、スマイルの方を向いた。スマイルの表情は――何かを悟ったような笑顔。
――ビンゴ。
「――と言うことで、入らない方が良いかぷよ〜」
いつもの笑顔に戻ったスマイルが、ひらひらと手を振りながらパソコン室に戻っていくのを、俺はただ呆然としながら見つめるだけだった………。
てか、上が防音加工されていないからか。マーマーの声が聞こえたのは。


一先ずあの懲罰室を作ったのは玄武固定だとして、これからどうするかな――そうだ。外に出よう。てか元々外に出るつもりだったじゃないか。
「……んじゃ、外を散歩してくる」
「行ってらっしゃいかぷ〜」
笑顔がデフォルトのスマイルに見送られ、俺は外に出ようとして、
「いけね。忘れてた」
スパギャラのデジカメを取りに部屋に戻る事となった………。


「遅いぞ、A。……まぁ仕方ないだろうけど」
………は?
「スマイル……あの分だと言伝て忘れてましたようですし」
………え?
あ、ありのままに今起こったことを話すと、ドアを開けると、そこには俺を待っていたムンチャとリトプレがいた。幽かに足が震えている様子から、立ち時間はどうやら長いらしい。
だが問題なのが、俺にはこの二人を待たせる要素が全くもって無いのだ。
二人に誘われたわけでもなし。
自分から待つように言ったわけでも無し。
「あの…………」
俺はやや恐る恐る、二人に尋ねた。
「どうして二人は俺を待っているのですか?」
思わず敬語になってしまったが、まぁ気にしない方向で。実際二人はスルーしてるし。
「昨日言ってた、案内、だよ」
ムンチャが、『案内』を強調しつつ答える………ちょっと待った。
「お前、昨日『明日の夜』、つまり今日の夜に案内する、っつってなかったか!?」
時計を見るまでもない。太陽が燦々と地表に太陽光を降り注ぐ様が見られる現状を夜と言うには、夜の定義を昼と入れ換える必要があるだろう。
だが、ムンチャはあっさりと、はははと笑いながら返しやがった。
「夜に、その場所'を'案内するように言ったんだよ。夜にその場所'へ'、案内するわけじゃない」
「んなっ!なら最初っからそう言えよ!」
何つ〜誤解を招く言い方をしやがる!………まぁムンチャはそういう奴か。言葉遊びが好きな奴め………。
「ま、それに、行くまでに時間かかるしね。夜のうちに行ったら日が明けちゃうよ」
「それを言うなら夜が明ける、か日が出る、だろうが。かってに混ぜんな」
俺はそう突っ込んで、ふと奇妙な感覚に襲われた。何か、いま聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが――。
今まで俺達のやり取りを聞いていたリトプレが、ようやく口を開いたのは。
「二人とも、そろそろ行きますよ――あの山へ」
そう指差したのは、午前中、馬に揺られて眺めた場所。


「『神灯』…………!」


おいおい………。
結構な距離あるだろ……。
だから日も高い時に出かけるのか………。
夜が明ける、ってのも頷けるや。


こうして、俺とムンチャ、リトプレの三曲は、『神灯』に向けて進んでいった。


――徒歩で。


「馬とか移動手段は無いのか!?」
俺のそんな願いは、悲しげなムンチャの言葉にかき消される。
「あるけど、使うなら姉さんの密集譜面は覚悟してね……」
「………横暴だぁ」
スピカの奴………帰ってきたら覚悟しやがれ………!
そんな俺に、隣にいたリトプレは靴を一足用意してくれた。底がわりと厚めの、登山靴。しかも見たところサイズぴったし。
「山道は、わりと歩きづらいところがあるので、この靴を使ってください」
「……良いんですか?」
俺の疑問に――二人とも頷いた。
「寧ろ、君に履いてもらわないと困るんだ」