A-少年A-が出来るまで-7


ムンチャは俺に、悪戯な笑みを浮かべながら言い放つと、早々に歩き出した。
気の早い奴め。それともやっぱし――あいつなりの照れ隠しか?ある意味こっ恥ずかしい台詞だったしな。
あ、ヤバ。顔に自然に笑みが。
兎も角、折角貸してもらえたんだ。後で履きますかね。


山道までは、結構な距離がある。おまけに、『神灯』と言うだけあり、神聖な土地であるから、馬や乗り物で向かうことが許されないらしい。
昔は儀式のために、松明に火を灯した男が列を作って山に向かったらしい。その火の光が天頂に灯ると、何らかの影響で黄色に輝くらしい。
それを目にした、昔のある著名な詩人が、
『神に捧ぐ灯』
としてこの情景を詠んだ事が、『神灯』の由来になったという――らしい。
それ以前は、名前をつける必要も無かったことから、『山』で呼んでいたと言う話だ。
話が逸れたが、その長い山までの道のりを、俺達三人は何をして進むか、だ。
――考えるまでもない。話で大分持つ。


「――弐寺
「RIGHT ON TIME――Aさん?」
ムスカ。ムンチャ、お前の番だ」
「カーディナルゲート」
Trick Trap」
「プニ」


――とこんな感じでしりとりするだけでかなり時間が過ぎていくからだ。このまま順調に山まで行ける――


ニルヴァーナ
「'泣き'」
「キス」


――と思ったんだがな。


「スピカ――」
そうムンチャが口にした瞬間――


「――…………」
――いきなりムンチャが動きを止めた。顔をうつ向けて、肩を落とす。丁度首吊りのAAに似た格好をしていると考えてもらえりゃ分かりやすいだろう。
不思議に思った俺は、リトプレの方を向いてみると、リトプレの表情は、心配そう、と言うそれではなく、むしろ「やっちゃった、ま〜たやっちゃった」系のそれだった。
少し心配になった俺は、ムンチャに近付いてみる。普段ならゼノン道よろしく逃げるはずなのだが、全く微動だにしない。
「………?」
大丈夫じゃないだろうが、何が起こってんだ?俺は更に近付いてみた。
「………れ、………ぅ……」
な、何だ?小声で何か呟いてるぞ!?思わずまたリトプレを見たが、リトプレは微動だにしねぇ!てか首振ってやがる!
「……す………スピカ姉さ………」
突然顔を上げるムンチャ。瞳に光はない。そいつは首をがくがく振り夢遊病者のようにふらつきながら、いきなりうわ言を叫び始めた!


「スピカ姉さん、止めてください、止めてください、もっと軽く。
ごめんなさい、すいません、だめ、死にます。
あぁ――、マーマーが、マーマーが――


逃げろー!」


「…………」
まさか、これは――。
無言でリトプレの方を振り向くと、俺の考えを察したのか、目を閉じたまま頷いた。
「あぁあっ!やめてくれぇっ!やめてくれってばよぅ!あっ、ぁぁっ!やめてくれぇ!やめ――ああああああぁぁぁぁぁっ!」
断末魔の叫びと共に、魂が抜けたようにへたり込むムンチャ。
――俺はその姿にただただ戦慄を覚えた。
「スピカ………玄武………」
お前ら、やり過ぎ。ムンチャ、完全に壊れたじゃねぇかよ。


何とか喝(と言う名の低速同時押し)を数発食らわせてムンチャを正気に戻した俺達は、再び『神灯』を目指して歩き始めた。
喝を入れる前に確認したことだが、ムンチャは'スピカ'と言う音を聞くと一時的にショートしてしまう体質になってしまったらしい。あとは'玄武'もそうらしいが、常識的に考えて、その言葉を使うときは当人を指す時以外は無いだろう。
「(ぼそ)と言うことでこの二つは禁句です(ぼそ)」
「(ぼそ)把握した(ぼそ)」
目を醒ましたムンチャに、「ここはどこ、私は誰」的ありきたり一言を問われたものの、ここで返事を間違えたら絶叫→気絶→喝の無限ループが成立しかねないからな。理由を除いて答えてやることにした。
夢遊状態の記憶は、ムンチャには無いらしい。あったらあったで困るから、その辺りはよかったと言えるな。これで記憶を取り戻しでもして再度発狂したら困る。
「(ぼそ)しりとりも何とか阻止したな(ぼそ)」
「(ぼそ)ええ。またスピカが出てきかねませんからね」
一先ず、連想させかねんしりとりは中止。普通に会話に移行した。


「ね〜ね〜、お二人さん仲睦まじそうだけど、何話してんの?」
ぼそぼそ会話中に割り込んできたムンチャ。馴れ馴れしいのは仕方ないとして何故俺とリトプレの間に割り入る?しかも妙に肩に重心乗せてやがるし――って!
「痛い痛い爪立てんな!俺に恨みでもあんのか!」
気付いたら全体重をこっちに傾けてしかも爪を食い込ませて来やがった!
そんな俺の一言にも、ムンチャはニコニコ顔――ニタニタ顔か?――で返す。
「ないよ。ただ僕が会話に入らないのにAが入るのが何かしゃくなだけ」
こ、こいつ………仲間はずれにされたことから俺をいびってるだけかよ。
「そんな根性悪い奴に教えてやる事などね――イテテイテテ!」
何でこの場で皿混じりの階段を投げつけんだよ!ってよく見たらムンチャのヤロー青筋立ててやがるし!
「こらこら、ムンチャ。ただ神灯の伝説について話してただけよ」
リトプレがムンチャをたしなめて、しかも巧い感じに誤魔化してくれた。ありがたい。その声を聞いてムンチャはようやく俺から渋々ながらに指を離し皿階段の発射を止める。その痕に俺は何気無く触れると、幽かに痛んだ。……どんだけ力を入れていたんだよ、こいつは。
「そっか。なら渋らなくてもいいじゃんさ」
ムンチャはいつもの、何考えているか分からない笑みを浮かべながらぶーたれた。ホント、表情が変わらない奴め。
そのままムンチャは、独演会とも言うべき調子で、神灯について語り始めた………。


「あの山は、僕にとっても想い出深い山ではあるんだけど、まぁそれはさて置き。
ロングタイムアゴー、この世界には様々な神様がいましたとさ。そのうち何人かはみんな知ってる筈だよ。お祭り好きな神様くらいは、ね。
でもあの山にいるのはその神じゃない。あそこにいるのは'名も無き'火を司る神と、そこに封じられた――魔物さ。
魔物は美しい歌声で山に入った人を惑わし、そのまま異世界に連れ去り肉を食らう魔物。火の神は魔物の喉を焼き、この山に封印したという。
魔物を封じて以来、神様がこの山に居つくようになってね。この山へと続く炎を持つ人の群れは、火の神に捧げるための聖火を、山の頂上の祭壇へと運ぶ神官の風習が一般化されたものなんだ。
ま、その火のお陰かどうかは知らないけど、魔物の封印は強力なものとなった。ただね、どんな封印でも声だけは消せなくて、時折きれ〜な歌声が山に響くらしいよ。そして、時折封印が一瞬弱くなるときに、魔物が出歩いているらしいしね(笑)
だから、山で妙に綺麗な歌声を聞いたら、気配を探って気配のない方に全速力で駆け出しなさい、って話。そして――」


すぱこん。
「………ったく」
長いから少しはまとめろよ!特に話し始めは何だ!お前の事情なんざ知った事か!
「痛いなぁ。これからが面白くてついつい映画化したくなるほど大長編スペクトルなのに」
さして痛くなさそうにあはは、とか笑いながらある意味とんでもないことを言ってのけた。
俺はこめかみを指で押さえながら突っ込む。普通ならそのままスルーしてやりたいところだが。
「それを言うならスペクタクルだろうが」
「そうとも言う」
「言わねぇよ」
お前はクレヨンしんちゃんか。
「まぁまぁそんな固いこと言わずに。作者も言ってるよ。無い言葉は創れって。意味は勝手についてくるって」
「んな作者の身勝手な妄想をここでさらっと晒すな!どうせ賛同者ゼロだろうが!」
「だから、仲間は後からついてくるって」
「どんだけ楽天的なんだよ作者!ってかもう良いだろそいつの話は!」
本題から一気に逸れたので、強引に元に戻す俺。どうしてこうも気苦労する立場に置かれんだかな………。どうにかしろ作者。
反対するかと思ったムンチャは、意外にもあっさり食い下がった。
「それもそだね。ついでに――スペースファイトの話もいっか」
「地味に分かりづらいボケは止めろ隊長」
宴会するには山は暗すぎるだろうが。
兎も角、話題が作者から離れ、神灯へと向かったことだけマシとしておくか。


そして話にして10時間後、俺達は『神灯』へと辿り着いた。
途中には色々話したには話したんだが………大した話題じゃないから省略させてくれ。精々リトプレとムンチャの苦労話だからな。


風。
風が吹く。
風が吹くと葉が擦れる。
葉が擦れるとどうなる?
音。
音が鳴る。
音が四方に鳴る。
音が八方に響く。
共鳴。
音は音を呼ぶ。
何度も何度も。
音は音を鳴らす。
風。
風が止む。
風が止むと葉が止まる。
葉が止まるとどうなる?
音。
音が止む。
静寂が四方に広がる。
静寂のベルが辺りに響く。
停止。
森はその時を止める。
何度も何度も。


視界を奪われた状況下では、別の感覚が研ぎ澄まされると言う。特に――聴覚と触覚が。
「――」
俺は言葉も出なかった。
『神灯』の麓にある森はまるでそれ自身が一つの生き物だと思わせるほどに、巨大な呼吸を俺達の耳に伝えてきやがった。
吸っては止まり。
吐いては止まり。
吸って、吐いて。
吐いて、吸って。
そしてその音はまるで――。


「樹海………。森が海に例えられるのは、こういう事もあるんだな………」


潮騒
山に響く潮騒
風が吹く毎に寄せては返す波。
そして過ぎ去った後に来る、一時の静寂。
これを波に例えずして、何に例えろと言うんだ?


「さぁて、こっからは個別に行動しようか」
山に入る直前、突然ムンチャが普通なら有り得ないような提案をしてきた。マジで待て。
「………俺はこの山に入るのは初めてだぞ!?迷ったらどうすんだ!」
そんな俺の反論にも、ムンチャはどこ吹く風だ。
「十人の政治家がいたら、十人とも『自己責任』と答えるだろうね(笑)」
「(笑)じゃNeeeeeeeeeeee!!!」
くそっ!一体何なんだこいつは!?何でこんなひょうひょうとしてやがる!?
「ええいっ!リトプレさん!一緒に山に登りませんか!?」
耐えかねた俺は、リトプレを誘うことにしたが――。


「ご免なさい。この山――女人禁制なんです」


「………は  ぁ  っ  !?」
何   で   す   と   !!?
じゃあ何で今までついて来たんだよ!?意味ないだろ!?
あまりの不条理に完全に言葉を失った俺の腹を、ムンチャは反応する間も無く――


ガッ!


殴りつけた!


「ふぐぉっ………」
こ、こいつも、当て、身、持ち、かよ………。
「ごめんよ。こ……う………り………だ』
ムンチャの声が遠のく間際、俺が最後に聞いたのは――。


ざざぁぁ…………。
ざざざざぁぁぁぁ…………。
ざざぁぁ…………。


まるで周波数の合わないラジオが奏でるノイズのように、痛々しいほどに響く森の鳴き声だった…………。



――幕間――


「ごめんよ。こういうしきたりなんだ」
嘘。
嘘吐き。
ムンチャ兄さんは、わりと嘘吐きだ。『相手が困った顔を見るのが好き』と冗談混じりでも口に出せる兄の性格は、家族でも掴めない。でも、困った顔にするために、よく嘘をつく。それは事実。
私はそこまで嘘はつかない。人を騙したりするのが、わりと苦手なんだ。
………とは言っても、今の私の立場も、ムンチャ兄さんと実質あまり変わりはない。
仕方がない、と言う言葉は便利だけど、私が嘘をついたという事実は変わらない。
でも――と私は何度目か分からない言い訳を頭の中で呟く。


仕方がないのだ。
これからやる事は、私一人でないと出来ないことだから。


「………っと、嘘吐かせてゴメンねリトプレ。こいつに長時間見つめられたくなかったでしょ?」
掴み処のない口調でムンチャは私にそう言うと、倒れているAさんを担ぎ上げ、
「じゃ、こいつを山に持ってくよ」
さっさと歩いて行ってしまった。
その姿が森に消えたのを確認すると、私も再び歩き始めた。
森の中へ――『神灯』へと向かって。


――幕間、了――