A-少年A-が出来るまで-9


水面に集う蛍。それはある種の儚さを、生命と言うものが根元的に持つ儚さを、全ての存在に悟らすかのように、消えてはまた現れ、現れては消えていく………。
そして、地上の営みを眺めるように、月は静かに、静かに光を投げ掛けていた………。


「――――」
俺は、ただ無心に、目の前に広がる光景を眺めていた。
綺麗だった。
あまりにも綺麗すぎて、綺麗、という言葉すらも発する事が出来なかった。
月並みな表現なら、まるで絵画のワンシーン。
月並みな表現なら、まるで魔法。
音並みな表現なら、まるで虹虹の譜面を初めて見た時のよう――。


その湖を取り囲む森。そこから幽かに突き出た電波塔すら、この景色に調和していた。むしろ、光を幽かに纏い、現れては消える電波塔は、ある種の神々しさと儚さを併せ持ち――。
「――――」
ようやく記憶に行き当たった。この場所は――昨日の夢だ。
昨日の夜に見た、あまりにも不思議な、誰かの過去を見ているかのような夢。そこに出ていた風景と瓜二つ――完全に同一なのだ。
俺が予知夢らしきものを見たという事実も驚きだが、その風景が現前していることもまた、驚きだった。
「――まさか、こんな風景があるとはな………」
後ろの方でムンチャが何やらごにょごにょ言っていたが、俺は全く気にならなかった。今はただ、この景色を眺めていたかった………。


――この時既に、俺の中にもう一人の自分が出来つつあった、その事に俺はまだ気付いていなかった。


「ううっ………病人には優しくしてくれよぉ……」
「貴様に優しくする価値など無い!オラ、きりきり歩け」
「イジメだぁ!人権擁護!お前の兄貴(GUILTY)に訴えてやる!」
「………俺が産まれたのはあいつより先だぞ?」
「じゃあお前の弟(AA)に訴えてやるぅ!」
「う………それは微妙に困る」
あいつが手加減無しに来たら、普通に死ねるからな。
――この会話から分かる通り、俺達はムンチャの先導で山を下っている。そもそも置き去りにした奴に情けなど不要。遠慮なくこき使わせてもらおうか。
先程の全力の一撃が効いたムンチャは、全身ボロボロになりながらもよたよた歩きながら、立派に先導役を果たしている。――当たり前だ。
「ところでさ〜」
ん?
「何だ?」
いきなり話題を変えたムンチャ。前後の繋がりもあったものではないが、まぁいいさ。
「僕の想い出話、ちゃんと聞いてた?」
「想い出話…………?」
何だ?こいつがそんな話をしていた覚えは………無いぞ?
「………いつしたよ」
「フィフスタィよ」
…………俺は無言で同時押し階段の用意をした。俺は兎も角こいつは産まれちゃいない。っつーかGOLD RUSHの物真似全く似てないな、こいつ。
「わわ、早々怒んないの。シュークリーム分不足してない?」
既に回避する姿勢を見せるムンチャ。こうなると当たらなくなるからな………。
俺は同時押し階段を解除、ムンチャの話を聞くことにした。
「……あずまんが乙。で、想い出話って何か、今北産業で教えてくれないかなぁ」
「かくかくしかじか。
まるまるうまうま。
だよ」
「ほうほう成程成程………って分かるかぁっ!?」
いつもと変わらぬポーカーフェイスでしゃあしゃあと言ってのけやがって!説明責任を果たせ!
「だって三行じゃ無理!ゼッタイ!」
ダダをこねる餓鬼のような声で返すムンチャ。何で言い方が麻薬撲滅運動風なんだよ。
「………ったく、分かったから言え。行数自由で」
俺の観念したような一声に、この男はにっこりとしやがった。嫌味な奴め。


だが――こいつの口から語られた話、それには俺も驚かずにはいられなかった。
理由は明確。それは完全に、俺の夢と同じだったからだ。


「……な〜にfirefoxに摘まれた顔してんのさ」
俺の顔を覗き込んだムンチャが、同時に俺の頬をつねろうとしてきた。その手を遠慮なく払い除けて、そのまま関節技に持ち込む俺。
「何でWEBブラウザに頬を抓まれるんだよ。つーか頬をつねるな」
子は親に似るのか?そう考えてみたとしてもこいつは妙なところで似ていそうで怖いが。
とっさの投げ抜けで拘束をほどいたムンチャは、やや頬を膨らませて反論してきた。男がそれをやるなよ。
「酷いなぁ。ちょっとしたスキンシップじゃないか」
「お前のスキンシップは度が過ぎる!」
まぁ関節技で反撃している俺も俺だが、そこは敢えて棚に上げようか。
「躾もこれぐらいが良いらしいよ。精々拳骨一発が限度か」
「それすら体罰だろうが」
ったく………昨今の状況を分かって言ってるから余計に始末におえん………。
「まぁ、それは兎も角」
何が兎も角だ、と思いつつ眺めたムンチャの瞳は、まさに真剣そのもの。何を話す気だ?
「な…………何だよ?」
思わず気押される俺。こう言う時だけ無駄に星12のオーラを発しやがる……。
俺がすっかり自分のペースに飲まれたことを確認すると、ムンチャは歌うように、語り出した。
山の下で伝説を語ったように。


「この村――共同体かな?――の象徴である電波塔。あれはね、そもそもは僕の父親、wac氏が建てたものなんだ。
だからどうした?――話は最後まで聞こうね。
建てた理由については僕は知らないよ。でも、あの巨大な電波塔は、僕やリトプレのために創られた、って言う話は何度かOVER THE CLOUDSから聞いた事があった。
その所為なのか、あの電波塔は時々僕の記憶を発信するらしくて。それを受け取れるのは――どうも僕に近しいか、あるいは近しくなりそうな存在らしい。
リトプレも実は、同じ夢を見たことがあるんだよ。僕が山で迷って、泣き叫んで走り回って、つまずいて、転んで、辿り着いたのがあの場所。あれは全部、僕が産まれたばかりの頃に実際にあった事なんだ。
――驚いた?」


「…………」
あぁ驚いたさ。驚くあまり開いた口を塞ぐ事が出来ねぇ。まさかあの夢がムンチャの過去だったとは思いもしなかった。
「……正直、驚いた」
「ん、そっか」
俺の絞り出した声での一言に、軽く返すムンチャ。それだけでも、こいつには十分通じているように思う。
俺が、どれだけ驚いているか、と言うことを。
「――例えて言うなら、足の爪かと思われていた化石が、実は牙だったりした時のような、かな?」
「人のモノローグに勝手に割り込むな」
しかもそんな分かり辛い、寧ろ分からん例えは使わん。
ムンチャはそんな俺に、いつものような悪戯な笑みを浮かべて、腕を後ろに組んで振り向きつつ、意味ありげに呟いた。


「――お月様が、中継局♪」


……いや、寧ろ歌ってやがるし。何だよ、その歌。
だが、聞き返すより先に俺に浮かんだのは――笑み。
「………お月様が、中継局、か………」
お月様(ムンチャ)が、(ラジオに)中継(されている)曲。一字変えるだけで、こうも今の状況に当てはまるとはな。
何気無く、俺は空を見上げてみた。
俺達を見下ろしているのは、森の木と、電波塔、そして――真円のお月様だった――。


こうして、俺とムンチャは『神灯』を下り、『Zodiac』に到着した。その頃には、東の空がうっすらと明るみを帯び始めていたので、家に着き、布団に着替えた瞬間、二人ともぶっ倒れたのは言うまでもない。
脱いだ服に付いた土の香りが、今はただ優しく感じられた――。



チュンチュンチュン………


…………


………牙をむく!



「…………ん?」
何だ!?この妙な効果音。お陰ですっかり目が覚めたが………時刻が分からん。
念のため、時間を確認してみる。丁度置いてあった時計は………12時の十分前を指していた。
「………」
寝過ぎたかもな………いくら帰って来たのが七時近くだったとしても………。
「………んんっ………」
俺は一つ大きく伸びをして起き上がると、そのまま部屋を出て、階段を下っていった………。


「風呂は空いてるか?」
「今はぁ〜、誰もいないですよぉ〜」
一応玄武に確認してから、俺は風呂に入った。昨日は入っていないからな。流石に体は綺麗にしておかねぇと。
何と言ったって、今日は午後からリミックスが始まるのだ。ムンチャやリトプレ、そしてこの家に住む面々の父親の手によって。
――まぁ自分が気持良くなりたいのが一番でかかったりするがな。
「………ふ〜」
桶で湯を掬って体を流し、ライオンの石鹸で体を洗う。そして――


さぱ、ぁぁぁぁ………。
「………ふ〜」


これぞ、至福の時。
昼を過ぎたばかりの空は、陰を含みつつもまだ鮮やかに輝いている。はっきり言って、写真に納めたいほど綺麗だ。スパギャラのカメラが室内にあるのは残念だが。
ごはんですよぉ〜?」
玄武の声が響く。そろそろ昼飯の時間らしい。そう言えば――昼飯以来何も食べていない事に今更ながら俺は気付いた。
時間を取り戻したように、腹が盛大に哭く。その音に急かされるように、俺は風呂場を後にした。


実質、これがこの家での最後の昼食だ。
スパイダーマン愛食の歪なカーニバルピッツァ。カーニバルと言うだけあって、大きさが半端ねぇ。テーブルから若干はみ出してやがるぜ………。
「お代わりあったらぁ〜焼きますよぉ〜」
いや、玄武。この人数でそうそうお代わりなんざ望めないだろ………。スピカは重度の宿酔いで熟睡中。ポ論は繚乱ヒットチャートを迎えに行き、マーマー二人は何か心此処に在らず、だしよ……。まともに食えそうなのは俺とムンチャとリトプレと玄武とあと――ん?
リトプレの隣に、昨日までは見えなかった小さな子供が、椅子にちょこんと座っていた。その視線は、ただ目の前の巨大ピザに向けられている。――心なしか、少し引いているような。
「………おい、ムンチャ?」
巨大ピザを切り分けようとするのを制止されたムンチャは、少し不機嫌そうに眉を寄せながらこっちを見た。
「ん?どうしたの?ドッペルゲンガーでも見た?」
何でお前は俺に死亡フラグを成立させようとするかなぁ?つーか寧ろこの場にドッペルいるなら気付けよ!
「違うわ。………リトプレの隣にいるのは誰だよ。昨日までいなかった筈だろ?」
ムンチャはリトプレの方に顔を向け、そしてこちらを――心なしにやけながら見つめ出した。
「――やっぱり君はロリコンだったんだね………」
「違ぇっ!つーか何だその素敵解釈!?」
本来は一人多い!のノリだろうが!何でいきなり存在を認めてんだよ!
「それはだね?」
「だからモノローグに割り込むなっ!」
ムンチャ!お前は何者だ!
そんな俺の思いを受け流し、ムンチャはそのまま続けた。
「この子が僕等の新しい兄弟なのさ。名前はneu。君の………」
突然口を開けたまま固まるムンチャ。
「俺の?俺の何だ?冗談でもフィアンセとか言ったら吹っ飛ばす」
仄かに階段を出すような体勢をとった俺だが……ムンチャは冷や汗をかいたまま全く動く気配がない。フリーズしたか?
「お………おい、どうした?」
その間にも手はピザを切り続けている辺りが何とも器用だがそれはさて置き。
俺はリトプレに助けの視線を向けた。すぐに目が合ったリトプレは、視線の意味をすぐに察したらしい。
「えっと………兄さんは多分、ノイの性別について迷ったんだと思います」
「性別について迷う?」
不思議そうな俺の口調に、リトプレ自身も困惑の口調を浮かべながら話を続ける。
「この子――ノイには、性別がないんです。だから、弟と呼ぶべきか、はたまた妹と呼ぶべきか、判断がつかなかったのではないでしょうか」
……そういや、どっかの漫画にあったな。男でも女でもない性の存在、あるいはそもそもどちらの性も存在する場合も。
話題の中心の筈のノイは、ただ黙々と目の前のピザを食べている。こうして顔を見てみると、確かに少年とも少女ともとれる顔付きだ。
「…………」
流石に一番分かりやすい判別法を行うのはマズイ事ぐらいは俺にも分かる。そもそも――リトプレがした後だろう。そのリトプレが性別を分からないと言っている以上、もしかしたら本当に性別が無いのかもしれない。
「――お〜い、ムンチャ」
俺はもう一度ムンチャに呼び掛け、反応しないことを確認すると――。