HELL SCAPER-LAST ESCAPE REMIX-が出来るまで count 1


――アンネース。
今はアポカリプスによって語られる存在に過ぎない、罪狩りの乙女。


私がその役を担う事を思い留めようとしたとき、貴様はこう告げたのを、私は今でも覚えている。


「それが神の意思ならば、私は神の僕として従うのみです」


その目の迷いの無さに、私は何も言うことは出来なかった。
だが――。


貴様には、私の歩んだ道を歩んでは欲しくなかった。


――『死神』は、『罪狩り』は、私一人で十分だ。
幾多の亡霊を背負い、幾多の怨念を身に受け、幾多の叫びを耳にし、幾多の命を奪うのは――、


――私一人で、十分なのだ。
穢れ役は、私一人で。
なのに貴様は……。


――――――――――――――


死者の住まう世界、削除界。
表舞台で活躍できないものは、私―HELL SCAPER―の手によってこの世界に送られる。
たまに神の気紛れで復活する存在もあるが――大概はそのまま、存在を忘れられていく。この世界では、『存在の記憶からの消滅』がそのまま『死』に直結するのだ。
だが――ごく稀に、表舞台にいながらこちらの世界に送られることがある。それが、何らかの原因で肉体が死を迎えたときだ。
先の事件でspiral galaxyがこちらに送られた理由もそれに起因する。そして――


「……で、何度目だ?」
「三桁は越えていないことだけは確かです」


――目の前にいる、肉付きが悪い某SWの虚弱盗賊のような生命力しかない茶髪に青い瞳の青年も、その類いである。
「……貴様はふざけているのか?」
「いえいえ、そんなつもりは御座いません」
私が明確な殺意を込めてこの男を睨み付けるが、この男はやんわりのほほんと受け流して避けている。それはそれで一つの才能なのかもしれないが、やられた方は胃が潰れる思いである。
「……全く。どこをどうしたら現行機稼働中に89回も死に至るのか」
この体質的にも、である。
先に虚弱体質の盗賊の話を挙げたが、その男ですら死んだことはない。死にそうな目にはあってはいるが。
だが――この男はどこぞの洞窟探検員のごとく貧弱だ。
走馬灯-the Last Song-……。閻魔様であるGUILTY様が言っていたのはこの事だったのか……。
始めてこいつがこの空間に送られてきたとき、思わず天を仰いだ。
その後も、事ある毎に削除界へと送り込まれるこいつに、私は涙がちょちょ切れそうな思いだ。
死因だけを見てみても、何が酷いと言うか……何もかもが酷い。
溺死窒息死出血多量死ショック死心拍停止脳挫傷……それもずいぶん些細なきっかけで発生している。普通では到底死には至らないであろう程度のきっかけで、だ。
ここまで死神に好かれる存在は早々無いだろう。いや――好かれているのは私の方か。
「……まぁ、今回に関しては、ヘルスケさんに連絡があるから殺されたんですけどね?」
当人も、もはや死に慣れていると言うか、殺され慣れていると言うか、すでに色々超越してしまったような言動をしている。そして、削除界への連絡に、良いように使われている。全く、相手をするのは私だというのに……。
「私に連絡?」
「はい。こちらの手紙をどうぞ」
バッグの中に入っていた封筒。宛名は私、差出人は……父上?
「……」
静かにピリピリと破り、中身を確認する。筆跡は確かに父上のものである以上、罠が仕掛けられている心配はないからだ。
中に入っていたのは、チケットが二枚――削除界通行券――と、一枚の紙。それに目を通すと――!


『DENJIN K:Disc 2
HELL SCAPER-LAST ESCAPE REMIX-
Remixed by DJ Technorch


「……これは……どういう事だ?」
何とか震えそうな声を押し留めて、私は配達人に尋ねた。私への差し入れ用にと買ってきたのであろうお茶の包みを開きながら、虚弱宅配員は相変わらず掴み所の無い口調で私に返答する。
「えぇと、近々L.E.D.氏がアルバムを作るらしくて、しかし15番街を作る前に起きた事件があるから、わりと秘密裏に製作は行うつもりらしく、皆さんには直前までなるべく発表しないようにしていたらしいのです」
その言葉を聞いて、私は成る程、と納得できた。これほど現状に相応しい理由は、探せど決して見つからないだろう。


まだ記憶に新しい、TAKA氏のアルバム製作時に起こった『黒の兵団』事件。その害を被ったのは、まず私達L.E.D.家だった。
精神転送ミスによる父L.E.D.の精神幽閉、OUTER LIMITSのムービー消失、黒の兵士達による電人破壊、黒の兵士とコピー皆伝曲による負傷者怪我人多数……。
これでCOREの面々も多大な被害を受けた。今でこそ立ち直ってはいるが、解決直後の有り様は酷いものだった。
今回は、予めその様なことを防ぐため、秘密裏に行うようにしたらしい。そして、私はこのアルバムのリミックス枠。……まぁロングはあるしな。妥当だ。
だが、このDJ Technorchというコンポーザー……こちらの世界に来て日が浅かった筈だ。その辺りでは若干心配は残るが……まぁ良いだろう。特に問題も起こるわけは無い筈だ。
早速私は、閻魔様の元に都合を話し、地上階に舞い戻る旨を伝えに謁見の間へと足を進ませた。


だが――!


―――――――――――――


「な……こ……これは……!」
私が見た風景。それは通常であれば見ることはないだろう、自分の目と脳神経を疑いたくなるような風景だった。
割られていた手に入れたばかりの水晶。
散乱しバラバラに引き裂かれた神々からの勅令状。
泥の足で踏み荒らされた赤いカーペット。


そして――玉座に居ない閻魔様。


「何だ!一体何が起こった!」
私は当然のごとく慌て、焦り、冷静さを欠いた状態で部屋を漁った。何か手掛かりを……この状況を言い表す手掛かりを必要としていた。兎に角手当たり次第に、散らばったものをかき集めて、急速に目を通す。それを繰り返して……繰り返して……
「!づっ!」
割られた水晶片に触れた痛みで、私は我に還った。――今、私は何をしていたのだ?こういう時こそ落ち着く必要があるだろう。この瞬間、私はかつて無い程に動揺していた。何時でも冷静であるべし、それが'死神'の掟である筈なのに……。
「………」
頭を冷やそう。一先ず情報を得る必要がある。
私は、自分のせいでさらに乱雑になった部屋を、今一度見直した。そこに何らかの情報が残されているか。
サイコメトリングの能力の制限を緊急事態名目で解除し、私は壊れた水晶に手を翳して――!?


信じられない光景が映った。


画像そのものは、鮮明なそれではなく、得るものは少ない。
だが――!?


――ヒィャーーッハッハッハァーーッ!!!!――


ぼやけた映像の中で見えたのは、黒いケープを羽織ったとんがり頭の男が、閻魔様を抱えて高笑いをしている、というものだった。
それなりの力量を持ち、尚且つ自らのホームフィールドでその力すら増幅されている筈の閻魔様。それを打ちのめし、気絶させ、そして――持ち去った。
「――!?」
だが、私はその事実と同じくらい、衝撃を受けている出来事があった。水晶から響いた、あの全てを嘲笑う声――。
(まさか――あの男ッ!)
私は直ぐ様次元転移を行い、特別犯罪人収監牢に移動した。胸中に秘めていた悪い予感は、眼前の光景の鏡でしかなかった。
「牢が――二ヶ所!」
へし折られ破られ壊された牢獄が、二ヶ所。その内の一つは、先の事件の犯人の一人であり、もう一人は、件の笑い声の男。
相当に強化された筈の牢獄。だが、何故壊されたのだろう、という疑問は私にはない。形あるものを崩す手段など、見回せば星の数ほどある。今私が考えるべき事は、ある一点。即ち、先の事件の犯人が脱獄をした、という事の意味。
「………」
向かう先は、上の世界。地獄を、削除界をも抜け出し、何処へ向かうか。――考えるまでもない。


「………」
偶然か必然か、ここには地上へのチケットがある。私とペアならば、走馬灯も地上に戻れる。こいつにはしてもらわなければならない事がある。この緊急事態、私の手に余る。増援が必要だ。
「……どうしたんですか?そんな怖い顔を――わっ!」
私は精一杯の凄みを声に効かせて、走馬灯に命じた。
「地上に着いたら、真っ先にspiralの奴に伝えろ。閻魔様が――貴様の兄貴が連れ去られたとな!」
「!そ、そんなうわぁぁぁぁぁぃぁぁぁっ!」
走馬灯の叫びなど聞くはずも無い。私は、この軟弱な男を抱き抱えると、地上に向けて跳んだ。
リミックスの封筒ごと、チケットを握り締めて。


――――――――――――――


地上に降りて走馬灯を降ろすと、私は降りた地点を改めて確認した。どうやら、良いように11番街のCOREの近くに降り立ったらしい。
さて、地上に降り立つとき、死神の姿は見せるべきか?それは余計な騒動を招く元だ。流石に住民を無闇に怯えさせるのは不味いのは百も承知している。ならば、服を変えるべきか……!?
「――!?」
明らかな殺気が、私に向けられていた。一つ、二つ、三つ……。
「くっ!」
私の鎌は、閻魔GUILTY様の赦しが無ければ用いることが出来ない。それでも、ある程度の体術は心得てはいるが、それも人数によっては如何ともし難い戦力差がある。
私は落ち着いて気配を探り直し、相手の数と位置を確認した。服が死神服になるが仕方ない。
……建物の影に、四・五人。だが……明らかに気配に生気が欠けている。相手にするのは寧ろ得策とは言わず愚策だろう。
私は適度に気配を薄めながら、11番街の通りを、他の歩行者と距離を置きながら歩いていった。
向かう先は――地上における法の番犬、総合警察署に。


……あれが死神……
ヒソヒソと、怯えたような、侮蔑したような声が聞こえる。どのように思われようと勝手だ、そう考えている私にとって、そんな陰口など到底気にし得ないものだ。
黒衣は己の咎。罪を裁くとはそう言うことだ。幾多の霊魂を纏わせ、裁きを乞う罪人の如く生きる。
――アンネース……。
貴様は、その覚悟をもって罪狩りを選んだのだろうが……。


記憶の奥底を抉る回想を中断させたのは、あまりに無粋な黒服の腕だった。黒というより濃い灰色の長袖が、私の黒の長袖に交差している。
さして寒くもないこの時期に長袖の上着を着るのは、何かを隠したいか――もしくは職業上のそれか。
この場合は、明らかに後者だった。
「GAMBOL警部……」
数々の名事件を単身で解決に導いた、現場警察の生き神、GAMBOL警部。その奇跡の実態は、正確無比な射撃と、相手の攻撃を悉くかわす回避能力だ。
それが私の腕を掴んでいる。一体どういう事だろうか?
「HELL SCAPER殿、任意同行、お願いできますかな?」
片手には手錠が、私に見せつけるように握られている。
「……はい」
疑わしい所など何もない。下手に逃げると厄介になる。警察とはその様なところだ。私とて警察と役割はあまり変わらない。追う側の心理は良く理解しているつもりだ。
どのような用件で私を捕らえたのかは知らないが、私の無罪は私がよく知っている処だ。
大したことはない。すぐに解放される筈だ。そうしたら私は警察から情報を得る。かつて地上を騒がせた、極悪なる犯罪者と、その出自を。それで十分な筈だ。


――だが、警察署で私を待ち受けていたのは、取り調べ無しでの逮捕・投獄だった。
GAMBOL警部は、警察署の様子が何処かおかしいことに気付いてはいた。私達を見る目が、何処と無く殺気立っていたのだ。だがそれでも氏は、私を警察署に連れて行った。
そしてそのまま取調室に入った瞬間――!?


ゴスァッ!


「が……ぁっ!」
「ぐ……っ!」
待ち伏せていたのであろう他の警官が、私とGAMBOL警部を一欠片の躊躇もなく打ち据え、二人の意識を奪い取った。
「(……な……ぜ……だ……)」
意識を失う数秒前、薄れゆく視界の中で私が目にしたのは、信じられないといった顔で部下の凶行を見つめるGAMBOL氏と、部下の瞳――殺意以外の感情の欠片も感じられない瞳の奥に蠢く、私にとって忘れることの出来ない漆黒の闇――ただそれだけだった。
その闇に、私が沈んでいく……。