HELL SCAPER-LAST ESCAPE REMIX-が出来るまで count 2


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目が醒めたとき、私が居たのは四方をコンクリートで固められた、目の前に鉄格子が見える牢獄だった。
「………」
腕を見る。囚人服に着替えさせられ、露になった私の手首と足首には、不格好な鉄錠がかけられており、繋ぐ鎖はコンクリートの壁の中に埋め込まれている。
「……ふん……っ!ぐ……っ」
力を入れて引いても微動だにしない。目を凝らしてよく見てみると、鉄錠にも鎖にも、びっしりと古代文字が刻まれていた。強力な力を持つものに対して行われる能力封印の効果が掛かっているのだろう。
そう判断し、私は破壊動作を止め、状況を整理した。
閻魔様誘拐の犯人であろう男を追うために、地上に出た私は、早々から何者かに殺気を向けられる。GAMBOL警部の任意同行に応じた警察署で、警察官に暴行を受け――今。
同じ警察官、それも生きた伝説であるGAMBOL警部を痛め付けてまで、私を牢に放り込む理由は何だろうか。
考える余地はある。あの地獄に封じられていた高笑いの男、彼奴の罪は何だっただろうか。それが今回のこの事態を理解し解決するピースだろう。
だが、罪を知る警察が私を捕らえた。それも取り調べもなく。と言うことは警察以外に頼るべき情報源が必要だ。だが、それは一体誰で、何処に居るのだろうか……。
この間にも、閻魔様は酷く痛め付けるために創製された空間に幽閉されているに違いない。そう思うと、今の無力な自分に歯軋りする思いだ。
「………」
何をするにも、まずはこの牢獄から出る必要がある。だが、どうやって……?
「………」
まずは、鉄錠を外さないことにはどうしようもない。ては間接を外せば何とか外せるだろう。だが、足の間接は着脱容易ではない。体の構造は柔には出来ていないのだ。
まずは手だけでも外してしまおうか、そう考え出した、その時だった。


ドサリッ
「……――……――……」
「……あ……」


「………?」
何なのだろう。話し声か?牢獄から顔を出せないので外の様子は分からないが、何とも言えないが――。
私は話し声に耳をそばだてて……すぐにそれを止めた。そのまま、この空間に置かれた体から一瞬、意識の位相をずらした。この程度の能力なら、封じられてはいないからだ。そして……それは正常な存在として生きるためには必要な行為である。


「警とは何を警戒するのだ?
察とは何を察するのだ?
鉄は金の何を失ったのだ?
格子の格が木へんなのは何故だ?
木へんの格子が鉄製なのは何故だ?
錠は金の何を定めたのだ?
定めるのは罪人ではないのか?
罪人の罪は何だ?
罪とは何故罪なのか?
罪を裁くことが正義なのか?
そもそも正義とは何だ?
お前の正義は何処にあるのだ?
お前の私意は何処にあるのだ?
お前が守るべきは何だ?
お前が望んだのは何だ?
そもそもお前は何なんだ?
お前とは一体何なんだ?」


目の前の存在に、矢継ぎ早に浴びせられる言葉の羅列。逃げようにも逃げられず、黙らせようにも体が動かない。一対一の戦いでは反則級の強さを誇る――『精神融解』。
似たような技は超音波を用いたものにある。ジャマーと呼ばれる。脳内に意味の無い大量の情報を流し込み、一時的に意識を奪う、最悪破壊する技だ。だが、こいつの呟く言葉は意味の無い情報だけではない。一部のものは確実に己の信念や存在というもの、その根底を破壊するためだけに存在するものだ。
「う……うあ……ぁ……」
脳みそが焼ききれてしまったように、無思考状態に置かれた警察官を尻目に、その男は鍵を抜き取り、そして私の牢に突き入れた。
カチリ、と音がして扉の鍵が開けられる。そのまま私の手錠も外してしまった。
「………」
力が自分に戻ってくるのが分かる。確かめてもみたいが、わざわざここでやる必要もない。それよりも――。
「……解放、感謝する。だが、何故私を?危険まで犯して……」
男は何も言わなかった。その代わりに差し出したもの――黒の死神装束。
「時間がないので説明と自己紹介は後だが、一先ず俺達は敵ではないことを認識してもらいたい。この死神装束は、警察署の保管庫から取ってきたものだ。貴女の物で間違いないか?」
私は頷く。かと言って、この男が敵でない、という証拠はない。どうするか……。
「………」
一人で動くには、あまりに危険な状況だ。完全な信頼は無しに、この男を利用する目的で近付くのが得策だ、そう私の頭は判断した。そして――。
「………当面は」
手をその男に差し出さず、顔を睨み付けながら、私はこの男の横に立った。
「当面はお前達と居よう。だが、完全な信頼は出来ない、とも言っておく」
その言葉に、男は黙って頷き――そのまま私を先導して出口へと連れていった。


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警察署の裏、センサーの死角に、私達は隠れていた。男の話だと、センサーはあと少しで働かなくなるらしい。それが男の仲間の手によるものだと、そうも聞いた。
つまり、この襲撃は完全に手引きされたもの……だが、何のために?誰が?警察署の内部を知っていている人物で、この男とコネクションがあると言うことは……?
「……まさか?」
GAMBOL警部?とすると、この男とのコネクションは何処からだ?それ以前に、この男は何者だ?


「………よし」
センサーが解除されたらしい。男は私に手を振り、脱出を指示した。私は一瞬どうするか迷ったが、男に従い、アスファルトの上を駆けて着いていった。駐車場、車のわき、隠れながら走り辿り着いた場所は――。


「おせーぞメンメル!お前らしくもねぇ!とっとと車に入れ!」


恐ろしく鋭角で、それでいて重心が低そうな4WDに男が一人。その運転席には女が一人。男の方が窓から顔を出し、この男に呼び掛けている。メンメル、というのがこの男の名前らしい。
呼び掛けた男の声と同時に、後部座席のドアが開く。メンメルは突然私の腕を引くと――一気に車に飛び込んだ。
どすっ、と音を立て、クッションが衝撃を和らげる。
私の体は、メンメルとシートのダブルクッションによって、さして衝撃を受けず車内部に着地した。
「………」
一瞬、この男の速度が私の最高速を超えた……?いや、超えていたのは元からで、この男が始めは加減していたのだろう。私を逃がすために。だが――何のためだ?この集団は何の集団だ?
「……済まない」
メンメルを押し潰したことを謝ると、私はドアの近く、メンメルと距離をおいて座った。念のため、いつでも反撃するつもりで気配を鋭くしながら。
「――急いで行く。シートベルトはして。じゃないとむち打ちになるよ」
運転席の女が、無機質な声でそう告げた。その向こうにあるスピードメーターは、確かにリミッターの基準の時点で法定速度を遥か越えている。
「………」
この面々は油断ならないが、彼女の声の調子から、本気でアクセルを踏むことは間違いないだろう。私の第六感がそう告げている。
カチリ、と音を立てて、シートベルトが装着された。それを確認したのか、目の前の女はエンジンを一気に入れ、


「Let's do it now...」


アクセルを全力で踏みつけた。
けたたましい音を立てて回転するホイール、完全に空回っている状態だが、数秒後には強烈な横Gが襲うだろう事は予想に容易い。私は身構え――予想通りの展開となった。


Gjallahornnnnnnnn!!!


タイヤと地面がしっかり噛み合った瞬間、車はボン〇カーも真っ青な速度で走り出した。当然、速度に比例した横Gもかかる。だが、それなりの訓練を受けている上、来る状況へと身構えていた私にとって、この程度の圧力は苦にならなかった。寧ろ、山が過ぎれば落ち着けるくらいだ。
私は辺りを見回した。乗車している人数を確認するためだ。
まずは運転手。メタリックシルバーのショートヘアーをした、私よりやや背が高い女性。肌の色もどちらかと言えば色白だ。
その助手席にいるのは、銀と言うよりは白髪と表現できる男。先程メンメルを呼んだ男だ。意図的にそうしているのか、限りなく遊び人か、あるいはチンピラに見える風体である。
横にいるのはメンメル……と呼ばれた男だ。目が醒めるような黄色の髪に、スーツを着崩したような格好。そのまま着れば、やや外人風な顔も含めて商社マンにも見えるだろう。
そして私の四人……?いや、まだ一人後ろにいる。私はゆっくりと首を後ろに向けて、その姿を確認する。


「……面目ない」


「……全くです」
静かに項垂れるGAMBOL警部に、私はがっくりと肩を落とした。着ていた服装は、何やらゴタゴタに巻き込まれたのか皴くちゃであり、私服警官にしても身だしなみが整っていないように感じられる。尤も、あの状態で身だしなみなど気にしている余裕はなかっただろうが。
……少し待てよ。何故ここに警部が?私は少し考えて――GAMBOL警部を睨んだ。
警部は、私の考えている事を理解したのだろう。ゆっくり頷き、そして言った。
「あぁ、予想の通りだ。最初から私と彼らはグルだ。それも、君のための、な」


元々GAMBOL警部は、同僚の警官達から私を守るために近付いたらしい。流石に立場も実績もそれなりに高い彼が、正当に取り調べを行えば、それで事足りると考えたのだろう。規律を順守するのが警察官、それが当たり前という前提。だがそれは、意識の正常性という必然条件が前もって必要だ。
「本来なら、疑いを証明するのに必要十分な証言を取り、そのまま署から送り出す算段だった。だがこの通りだ」
警部はタバコを取り出して――すぐに止めた。ここは密閉空間だ。外の景色の流れ具合から、窓を開けることは叶わないだろう。
「……でも、予想をしていなかったわけではなかった、と、そう言うことか?」
警部は頷き、続けた。
「ああ。まさかあのタイミングで入ってくるとは思わなかったにしろ、もし襲われた時用に、un-secの腕時計に発信器をつけておいた。作動させるためのスイッチを袖に隠した状態でな」
と、袖を裏返す警部。何とも分かりやすい形状の小型スイッチが布地に留められていた。
「そうして、事が起きればこの男達が君を優先して助けに行く……そういう算段だった。結果として、この方策が功を奏したわけだが……もう一度言おう。済まなかった。結果として荒事同然に君を拐う形になってしまった事をこの場で詫びたい」
職務中とはうって変わっての砕けた口調。だがその一つ一つは、非常に重い。それだけ、この一言が真剣であるのだろう。心がないなどと揶揄される死神だが、そんな事はない。むしろ死神であればある程に、心が重要なファクターとなるのだ。
「……承知した。ところで――」
警部の感情を真摯に受け止めた上で、私は気になったことがある。警部が犯罪紛いの事の同盟を持ちかけた、この男達の正体とは一体何者であるのだろうか?警部がそうする以上、それなりに信頼がおける人材であるのだろうが……。そう言えば、まだ自己紹介すら済んでいない。私だけが周りの情報から遮断されている状態だ。流石にこれでは居心地が悪い。
「――警部、この車に乗る集団は、一体どう言った関係がある?」
「あぁ。それは――」
警部が口を開いた瞬間、それに被せるように私に話しかけてくる男が一人。

「何だメンメル、テメェ客人に自己紹介も無しに連れ込みかァ?」

「状況が状況だ。話す暇と安全性が無かったからな」
明らかに茶化す口調でメンメルを笑う白い髪の男に、顔色一つ変えず反論するメンメル。男はそれを聞くと悪役じみた笑いをあげ、私の方に顔を向けた。
というより……客人?一体どういう事だ?
「済まねぇな客人。こんな慌ただしい呼び方しちまってな。だが、事態が事態だ。この場での簡潔な自己紹介で勘弁してくれや」
男はそう意地の悪そうな顔を私に見せながら、簡潔に言った。

「俺の名はKAMAITACHI、運転手の女はMETALLIC MIND、お前の横に居んのがMENTAL MELTDOWN。そして俺たちの親が――DJ TECHNORCH。つまり俺達は、親父の指令を受けて客人として迎え入れようとしてるっつーわけだ……こんなもんで良いか?」