HELL SCAPER-LAST ESCAPE REMIX-が出来るまで count 3


「………成る程な」
このアクが強い男が二人と女が一人。それの創造主が私を描き直すわけか。
「――と同時に、俺とメンメルはGUHROOVY家の一員でもある。そっちとは客人の親父さんも親交が深ぇだろ?」
「……そうだ」
父上――L.E.D.と鎌鼬が口にしたGUHROOVY氏、この二人が共作した弟や妹を、私は数多く持っている。それも私の所属していた――五鍵国が健在の時代から。
「そいつらから客人の基本的な事は教えてもらったぜ。過剰に訊くのは趣味悪りぃからな、精々どうして客人が恐れられてっか、くらいだな」
鎌鼬はそれでも、私に普通に接する。こいつは細かいことを気にしない質なのかもしれない。
「………そうか」
こいつの言葉に嘘は無い。私は本能でそれを感じた。騙す人間と言う気配は感じられない。死神はその辺りが敏感に捉えられる能力を渡されている上、そもそも私自身が感情の機微を捉える訓練を、数えるのを忘れるくらいの期間してきた。もう二度と、あのような惨劇を人の身に起こさせてはいけないから。
アンネース……。
私は、彼女の決意を止められなかった。
彼女の意思を捉えきれず、死地に赴く真似をさせてしまった。結果として――滅んだ。全てが滅んだのだ。
二度と、あの様な事を起こさせてはならない。それが――私が背負う十字架であり、業(カルマ)だ。


「……ところでヘルスケ殿。君は警察署に、何かを探しに来る予定だったのではないか?」
話が途切れたところで、GAMBOL警部は私に問い掛け、そのまま一枚の封筒を取り出した。
私はそれを受け取ると、そのまま封を開け、中身を取り出して読んだ――!?
「警部――!?」
中にあったのは、私が調べたかった男の犯した罪状と、その裁判の一部始終だった。何故、警部は私がその男を探していると分かったのだろうか?その犯人について私は一言も話していないのだ。なのに何故……!?
「………」
GAMBOL警部は、軽くサングラスをずらしながら、私の方に首を傾けた。
「……最近署内によく出入りしていた男だ。口調、歩調、寸分互いもなく件の犯人の物だった。ただし――その犯人は死刑執行済み。ただの他人の空似だろうと考えていた。
だが数日前、HELL SCAPERに対して逮捕状がいきなり発行された。事件の容疑は閻魔GUILTY誘拐及び殺害未遂容疑。証拠はあるのかと問い掛けてみても既に揃っているとの一点張り。管轄外の俺にその証拠とやらを見せる筈もなく、事態は進んでいた。
どうしようもなく嫌な予感がした俺は、過去の事件調査の名目で、プロファイルされた事件を確認、ページのコピーを行った。それがこの紙だ。証拠としては使えんが、人物を知る上での資料としては役に立つだろう」
捕らえようにも、生前の罪を既に裁かれた犯人を裁くことなど出来る筈もない。だが、生前の思考から、犯人がどのような人物かを知ることは出来るだろう。
私を逮捕してくれ、などと随分分かりやすい関係性を示してくれたじゃないか。明らかに私に対して誘っているのだろう。
「『Catch me! If you can』というわけか………」
『ヒィィィヤァァァァァァッハッハッハァァァァァァァァッ!』
今でも容易に思い出せる。あの男の狂笑とも取れる声。あの声が閻魔様を傷つけ、拐った。目的は知れない。だが、冥界の安定を考えるのなら、これ以上の手段が考え付かないほど最悪な壊し方だ。箍を外した鉄骨のごとく乱れバラバラと崩壊していくだろう。
考えも無しに出てきたが、今頃冥界はどうなっているのだろう?とふと、私は思った。今の冥界は、ほぼ無法地帯ではないだろうか。私以外の死神全員が、押さえ付けられるだけの魂の量だっただろうか。新たに来た死神もいるが、彼女は使い物になるのだろうか。
疑問は果てないが、今ここにいる自分がどうこうできる問題ではない。まずは閻魔様を――GUILTY様を取り戻さなければならない。
近いうちに、あの男自体が居場所をひけらかしてくるかもしれない。それは確信とも言える思いだった。
何せ、あの男は――。


「……鎌鼬……と言ったか」
「あん?」
「……この車は何処へ向かっている?」
状況が状況である以上、確認せねばならない事が幾つかある。せめて向かう先が――確実に安全な場所である必要がある。完全な信頼ほど危険なものはない。特に今の私のような、追われる身の存在にとっては。
行く先を知らぬままの進行は、それだけで不安を増大させる。もしも真に味方なら――味方のつもりでいるのなら、行き先を明かすことなど造作もないことだろう。
「何だ、そんな事か?心配すんな。ちょいと世界の境界を抜けるが、客人にとっちゃ安全な場所だぜェ?」
「……世界の……境界?」
聞きなれない単語だ。どういう事だ?抜けると言うことは、つまり――BEMANI界を一時的に離れるということか?それらの沸いて出る疑問に対する明確な返答を、鎌鼬は一息置いて、言った。


「――BMS界……この世界を真似て創られた、親父達の住みかだ」


「――!」
そうか!この男達の父親は、BMS界の出身者か!反則クラスの能力がひしめき合う混沌とした世界だと聞いているが……?
「流石に、俺達ぁそこまでの力はねぇがな。こっちの世界ってのは、無駄な力をつけねぇから体が軽ぃって、他のヤツラが駄弁ってやがったしなァ」
ヘッ、とやや妬ましげに息を吐く鎌鼬。この男からしたら、こちらの世界は退屈でしょうがないのだろう。もっと暴れてみたいとか思っているに違いない。ならばここで――。
「――ヘルスケさん、流石に不用意な行動は慎んでもらいたい」
「全くだ」
手錠を構える二人に、私は死神の鎌を手にするのを止めた。当分出すつもりもないので、軽い鍵を空間に掛ける。
「……冗談だ」
若干表情がむくれているのが自分でも分かる。外に出た途端これとは、私も子供になったもんだ。
無論誤魔化しのために出てしまった言葉であることは回りも承知だろう。
「……ならそのファラ〇ス信者を前にしたイ〇ーナのような、あるいは輝〇を目にした〇紅のような殺意剥き出しの目をどうにかしてくれ。とても冗談には思えない」
「特定の趣味の人以外には分からない例えは自重した方がいいですよ、警部」
というより、どこで知ったんだろうか。たまに別世界の霊が紛れるからその際に知った私は兎も角として、警部にそんな接点があるとは思えないのだが。
警部に対する呆れが、私の眼光を和らげたらしい。幾分車内の空気が緩んだところで、運転席のメタリックが風音に負けない勢いで叫んだ。
「今から世界を越える!皆!気を確かに持って!」
……世界を越える、と言うことは――今何処を走っているんだ?
何気なく視線を窓の外に向けると、そこに映っているのは――飛行機の滑走路。蛍光灯の形からするに、恐らくはBlueberry Stream航空――!?
待て。あの警察署は確か十一番街の筈。六番街までは結構な距離がある筈だ!なのに時計を確認しても……三十分すら経っていない!?
「……いくよ……」
影の濃い劇画調の顔になったメタリック、その顔の横に見えるスピードメーターを確認して……目を擦り確認して……いやいやそんな筈はないよなと一度視線を外して確認して……。


「――これ、車なのか?」


『亜空』
本来『200』やら『300』が記される筈の場所に記されていたのは、全てこの『亜空』の文字だった。これが意味するところは、大体予想がつく。
身構えた私を、次の瞬間――


「――Back to the future!!!!」


――巨大な空気のハンマーで全身を強か打たれたような衝撃が襲った。
「ぐっ……う……」
「つ……く……」
「全……く……」
「………」
他の乗組員は四者四様の反応を見せる。やはり慣れているものでも、声は出さずにはいられないか。
衝撃の瞬間目を瞑っていたので、いつ移り変わったのかは分からないが、窓の外の風景は、近代芸術なりド〇〇〇んのタイ〇〇シン世界のような、青と紫と赤が波打ち歪んだ時計が流れていく。分かりやすい時空移動の世界だ。
「……」
時空移動の間特にすることもないので、改めてこの世界の状況について考えてみた。
まず、私達が所属するBEMANI世界。この世界は他の音楽世界と繋がりやすく、時々外からこちらに招かれることがある。繋がりやすい世界は国単位で違い、この弐寺国ではCLUB世界と繋がりやすい。実際、私もそうした曲達をCLUB世界へと帰したことがあったりする。まぁ、この度何曲か帰還していたりするのだが……。
だが、繋がりやすいと言っても、例外的に繋がらない世界もある。その一つが、今目指しているBMS界だ。
BMS界は、BEMANI界を模して作られた――BEMANI界よりも遥か広い世界だという。同じ曲を持つものが、違う譜面であることなどざらであり、何よりBEMANI世界の曲を指摘にデータとして手に入れ、独自にリミックスをするコンポーザーなどざらに居ると言う。
当然、私の姿に似た曲も居ることだろう。不出来出来は問わず、イミテーションとリアルの入り交じる世界、それがBMS界だ。
BMS界の特徴としては、私達の世界のように曲そのものと交渉せずに、擬似的な譜面を分け与えることが出来ると言うのも大きな特徴だ。私達の知らない曲知っている曲様々に、私達とは違う譜面を抱く世界。……まぁ、知らない曲の方が多いのだが。何だ、あの『ウッーウッーウマウマ』とか叫ぶ曲は。こちらに何故だか辿り着いたとき、一時的に冥界がクラブ会場になってしまったじゃないか。それにしてもこの閻魔様、ノリノリである、などと言いたくなる謎の空間が一時的に出来たが……。
まぁそれは兎も角として、取り敢えず、私達のような世界であり、私達に似た存在も居るが、私達と全く違う世界である、この認識が大事だ。故に、仮に似たような存在が居たとして、声を掛けるのは早計だろう。そう思い直して、私は外を見る。
「…………」
相変わらずの時空移動中だ。何故か周りからチゲチゲやらネギネギやら聞こえてくるが……誰かがTROOPERSサウンドトラックでも聞いているのだろうか?それともTime to Air――通称、時空だけにBGMはこれだとか言う理屈ではないか?安易だが。
「………」
車内に改めて視線を戻すと、既に他の皆も思い思いの行動をしている。
「――distress――!!!!」
鎌鼬は懐かしのミクスチャーを耳にしながら叫び、
「――existance――」
メンメルは手持ちの分厚い辞書を音読して、
「――」
GAMBOL警部は今回の事件の報告書――と言うよりまとめを作成するのに取り掛かっている。かなりのGが掛かっている筈だと言うのに、警部の適応能力の高さには畏れ入る。これがやはり、『受け流す』事や『回避する』事に長けた男の実力か。B-1に於いては、判定位置の詐欺師、nine secondsと戦い見事に勝利した経歴を持つだけに、力を受けたときの対処に手慣れているのだろう。
流石は警部だ。


「――そろそろ着くよ」


運転席からメタリックの凛とした声が響く。周りのチゲやらネギやらの音を引き裂いて届く声に、周囲の男達は直ちに反応し、衝撃を迎え撃つ体勢を整えた。私も――身構えた。
「………」
社内の空気が完全に変化したのを肌で確認すると、彼女は、一気に右足を踏み込んだ。けたたましい音を上げ回転する車輪。速度メーターの針が振り切れんばかりに右に移動し――『亜空』の二文字を指した!


「――Back to the future!!!!」


――今度は外の光景を見ることが出来た。徐々にTime to Airの音が薄れていき、同時に時空移動の世界の先に光が差し込むのが見てとれた。その光は幽かに青みがかかっていて、まるで海辺や水場のような、そんな風景が見てとれた。
よく見ると、光によって道路らしき物が敷かれ、それは降り立つ世界のコンクリートの地面に繋がっているようだった。
「Let's do it now!!」
メタリックの元気の良い叫びと同時に――私達はBMS界へと降り立った。
「――んっ!?」
同時に私に得体の知れない、しかし相当量の疲労がのし掛かる。まるで、自分の中にあった力が封じられたかのような……。
「お?どうした客人。まさかたぁ思うが時空酔いか?」