HELL SCAPER-LAST ESCAPE REMIX-が出来るまで count 4


鎌鼬がやや心配そうな声を掛けてくるが、今の私にはそれに反応できるだけの余力は残されていなかった。ただ体に襲いかかるどうしようもない気だるさ、疲労感を持て余すだけだ。
「……ヘルスケ殿」
メンメルが心配そう――と言うより何かを確信したような顔で私に近付いてくる。そのまま私に、手を差し出した。
「動けるか?」
「――何とか」
移動は可能だが、この状態で戦闘が起こったらどうしようもないだろう。あっという間に追い詰められてしまう。
不承不承メンメルの手をとりながら、そういえば……と私は利き手を開閉する。……鎌の感覚が無い?いつでも呼び出せるように空間収納している筈の鎌、いつ何時も気配だけは側にある筈のそれが、今では感じられない……?
違和感の正体を、GAMBOL警部は正確に見抜いていた。私の体を支えるメンメルに目配せしてから頷き、私に言い聞かせるように呟く。
「ヘルスケ殿、君の力は――一体誰から貰ったものだ?」
私は当然のように答えようとして――、
「それは勿論、KONAMI神から――


!?」


「……そういう事だ」
警部は一度タバコを取り出して火をつけた。流石に車内でのタバコは控えたらしい。伸び伸びと吸っている。
「ここはBEMANI国ではない。当然KONAMI神の管轄の外だ。君の力の大元が神にあるのなら、それが絶たれた状況にあるといっても過言ではない。君に課せられた死神の力と任務、それはあの国だけで働くものだ。当然、私も多少は影響を受けているだろう。だが――君が神から与えられた力は、従来の曲とは比較にならないほどに大きい。それが一気に奪われたとなっては、血を相当量奪われた状態になるも等しいだろう。車内ではまだKONAMI神の加護はあっただろう。METALIC MINDが両方の世界に馴染むように改造したらしい」
死神としての力が、この世界では使えない、と言うことか。まさか此処まで一気に気怠くなるとは、私としても想定外だ。
こんな状況で、もし敵に襲われでもしたら――!
「――心配は無用だぜ、客人」
私の心理に被せるように、鎌鼬は笑顔でこちらに振り向く。
「襲われでもしねぇか、とか心配してんだろ?顔に出てっぜ?」
「――〜〜っ///」
ま、まさか表情で見抜かれるとは……不覚。しかも心を読まれている?いや、恐らくこいつは現場状況から推測したのだろう。恐ろしい洞察力だ。
「へっ、恥ずかしがる姿も中々可愛いじゃねぇか」
「兄貴、客人をからかうのもいい加減にした方がいい。つまり自重すべきだ、と言うことだ」
羞恥で赤面しているところに追い討ちをかける鎌鼬を制止するメンメルに助けられ、私は必死で普段の精神状況に戻そうとした。だが高まった心拍数が急に治まる筈もない。強引な転換は、身体に急激な負荷を掛ける。残念だが、今の私にそれを耐えるだけの体力もないのは、何より自分が一番分かっていることだった。
そんな私の思いを知ってか知らずか(恐らく知っているのだろうが)、鎌鼬は人を小バカにした口調で続けた。
「ま、相当の修羅場を潜ってきた死神さんが客人だ。その力が無くなっちゃあ、怨み持ってる奴が襲ってこねぇか心配すんのも無理ねぇが、そうそうカリカリする事もねぇよ。もし客人を襲う奴があっても、その被害は客人にゃ及ばねぇ。こればっかしは信じろとしか言えねぇがな」
ほらよ、とメンメルから私の体を受け取った鎌鼬が私を――!?
「なっ////何をするっ!」
膝元と背中を抱え込む姿勢――お姫様抱っこと呼ばれる行為を、この男はあっさりと私に――っ!?
「一刻を争うんだろ?だったらこの方が速ぇからな。な?」
常識的に考えて、それはおかしい。真に速く移動するならば、背中におぶせるのが一番速い筈だ。なのに何故この男はわざわざ目立つ上にそこまで速くない移動法を選ぶのか!?
否定を求めて向けた目線に、メタリックもメンメルも警部も、目を瞑り静かに首を横に振った。
……まぁ、確かに否定は求められたが……明らかに、私が期待した否定には遥か程遠いなんて段階ではなかった。
「――南無三」
「覚悟をして」
「全くだ」
三者三様の労い(?)の言葉を有り難く頂いた私は……素直にそれを受け入れた。寧ろそれしか出来なかった。しかし、異世界に移行するだけで、こうまでも力が削がれるとは……。私も相当依存していたらしい。恐らく今の私の能力は、双子の兄であるGENOMにも負けているのではないか?
今一度、KONAMI神の加護無しで鍛え直す必要がある。そう、重々思い知らされたBMS界での出来事だった……。


「……ところでよぉ」
「話し掛けるな」
「何だよ、つれねぇなぁ」
「状況を考えろ状況を」
流石にお嬢様抱っこ状態で目の前の男と話す気にはなれない。……気恥ずかしい以前に、話すという行為に適した格好ではないだろう。
あぁ……既に周囲の曲から好奇の視線が……しかも風のせいで着ていたローブのフード部分が外れてしまって……顔が周りに見られてしまう……。
慣れない。どこまでも慣れない状況。適応できるのが今までの自分ではなかったか。いや、適応とは違うか。第三者的な位置にずっと身を置いていた……置けていたのだ。今までは。だが……この状況下に於いて、私自身が騒動の、話題の中心となっている。それがどうにも……慣れない。
「ま、大丈夫だ。基本的に好奇の目を向けんのは他の家の奴だけだからな。俺達の領域に入ったらそれはねぇから安心しな」
この男は相変わらずこの調子だ。なぜそこまではっきりと断言出来るのかを知りたいところだが……ここで聞く気にはなれない。藻掻けるほどの力があれば良かったのだが、その力すら今の自分にはない。
まるで筋弛緩剤を打たれたみたいだった。自分の体が、思うようにならない事態。そんな自分が情けなくもあった。いや――そもそも閻魔様であるGUILTY様を守れなかった時点で、情けなさの極みだろう。
おまけにこんな得体の知れない曲集団の親に私の体を明け渡すとは……だが、このまま二寺国に戻れたとして、私に何が出来る?犯人を追うにも、手がかりは皆無。GAMBOL警部を拘束したことから警察期間も当てにはならない。恐らく指名手配もされていることだろう。だとするならば……今はこの男達に着いていく他はない。不本意だが……それは仕方ないだろう。今は耐えるときだ。そう何度も自分に言い聞かせて、私はただ抱かれるままに、大通りをすり抜けていった……。


「……?」
ある地点を越えた辺りから、周囲の空気が変わった気がする。尊敬……あるいは崇拝ともとれる目線、気配に変化した。あまりの露骨な変化に、気が抜けるよりも先に体から力が抜けてしまい……この男に全身を委ねてしまっていた。慌てて力を入れ直し、この男にあまり触れられないようにする。
「嫌われてんなァ、俺様」
「他人の気を害しているだろうが」
お姫様抱っこをいきなり行う、しかもその方が移動速度が速いなどと嘯く事が、普通では有り得ない。明らかにこの男は私を遊ぼうとしている。それも、ペンを回すような気安さで。そんな男を好きになれる筈など……。
「……っと、そろそろ目的地到着だぜ?つか気付いてんだろ?気配がもう違ぇって」
気付いている。だが剰りにもこれは露骨だろう。こうまで急に変わるなど……しかも崇拝にも似た気配がある。
……恐怖されこそすれ、崇拝されるようなことは何一つした覚えの無い私は、正直……戸惑いを覚えていた。私は死神だ。一つの終わりを告げるもの、そうでしかない。終わりを皆恐れる以上は、終わりを望むものくらいではないのか?崇拝対象として私を見るのは――。
「……ん?」
私は目の前で私を抱えて走り続けるこの男に……もしやと思い訊ねた。
鎌鼬……お前は、終焉を望――」


ビシィッ!


「――っだぁっ!」
言い終わるより前に、私の額は鎌鼬の指に弾かれていた。片腕で抱えてデコピンするとは思わなかった私はその被害を真っ向から受けてしまう。つまり……痛い。
「何をする!」
「……あのな、しばらく黙りこくって、口を開けば「終焉」だァ?死神は思ったより頭が回らねェらしいなァ。それとも観察能力皆無か?ああ?」
心底呆れ果てた顔を私に見せる鎌鼬。反論の一つでもしてやりたくて口を開きかけた私を遮るように、奴は話を続ける。
「俺達が如何にもハルマゲドン到来→滅亡ルートなり黙示録通りの未来到来を願うなり愛を取り戻す世界を望むなりしてんなら、とうに客人、テメェは死んでんだよ。時空の狭間にでも飛び降りりゃそれだけで環境はハルマゲドンだ。そもそもそんな奴等に警部が協力すると思うか?テメェの573倍、いや765倍は観察力の有る警部が?なわけねぇだろ」
「………」
確かに。だが……?
「崇拝者を殺す筈がねぇ?それも優等生ちゃんの回答だぜ。世の中、崇拝しすぎるせいで自分が崇拝者と同一だと思う奴なんざ珍しくねぇからな。特にウチの一家はテメェを何処までも信仰してやがるからなぁ……」
「信仰者がそんな話し方をするか」
私の精一杯の悪態も、奴は「俺はテメェを崇拝してねぇからな」と軽くかわされる。だとしたら何なんだこの男のスタンスは。
「っつー訳だ。少なくとも話に見る『終焉をもたらす巫女』を願う奴等みたいに、滅亡を俺らは願いはしねェよ。それに崇拝理由の結論は――今の客人の考えじゃ永遠に辿り着けねェだろうさ。考えるだけ無駄無駄。んなもん……あそこに有る俺達の親父の家に着きゃいくらでも親父が話してくれるだろうさ」
そう言い放った後、奴はそのまま駆け足の速度を一気に上げた。押し付けられる私の体。それなりに引き締まった奴の胸襟の感触が何とも生々しい。が……それ以上に、私の心は別のことでざわついていた。
(答えに辿り着けない……?)
一体、どういう事なのだろう、それは……。私に、何が足りというのだろう……。


「――っと、到着だぜ」
ゆっくりと、家としか表現しようが無い、窓付きの白い壁の家の外に、壁にくっつけるように置いてある木製のベンチに私の体を横たえると、奴はインターホン……というよりブザーを思いきり押した。躊躇の欠片もなく奥まで押し込んだ。
五台くらいの車が同時にクラクションを鳴らしたような、けたたましいサイレン音が辺りに響く。思わず耳を塞ぐ私だが、それでもガンガンと響く不協和音に、私は頭痛と目眩を強めた。抵抗力まで下がっているのか……!
奴はそのまましばらく押し続けた後で、上出来と言わんばかりに鼻を鳴らすと、私の方に再び近付いて来た。その挙動は婦人をエスコートする紳士だったが、私はその紳士が暴力と破壊の権化であることを十分理解していた。同時に私自身も、死を司る存在であり、婦人などと呼ばれる類いのものでは無いことも、十分すぎるほど理解していた。
……そう考えれば、ある意味奴と私は似た者同士、か。皮肉なものだ。
「親父は中にいるってよ」
「……あれでよく会話できるな」
恐らく分かり合えはしないだろうが。


「親父が、この部屋で待っていろ、とさ」
そう私が通された部屋は……何と言うか、異様な部屋だった。いや、部屋自体が異常なわけではない。普通の……そう、普通の白い壁の部屋だ。変てつが無さすぎて拍子抜けしてしまう程の。だが……飾ってあるものが明らかに異様だった。
「……自宅でロールシャッハテストでもやったのか?」
白黒の、墨をやたら適当な形に塗りたくったような模様。あるいは……サイケデリックな雰囲気を持たせる赤と黒、緑と青を適当に渦巻かせて描いたような絵画。PCに繋がれた巨大なスピーカー、特にバス専用のものがかなり良質だ。
それなりに整然と積まれ置かれたCDには、これまでに使われたであろう音声やSEのサンプリングが数多く収録されている。
PCの前にはキーボード、シンセ、リズムマシーンe.t.c.……などが数多く置かれて……その全てに、ドクロなり骸なり、或いは刃の部分が紅く波立った、取っ手が木である鎌であったり、あるいは黒いケープを羽織ったものであったり――。
「……これは……?」
骸、鎌、黒いケープ。これらが示すのは――死神。だが、どうして全てのものに……?