ギタリストと雪女 その12


昨日の惨状は………やはりほとんど片付いていなかった。どうやら来たのは俺が最初らしいが………Doomの面子、それにヤヨイ氏は果たしてここに集まるのか?
『おはようちゃ〜ん!』
………うわ。一番来そうにない奴が来たよ。
「おはよう。………マッキン、お前はどうして無事なんだよ」
マッキンは事も無げに答えた。
『オイlaはそこまで呑んでないからね』
………あ〜、そういう事。成程ね。確かに来て早々酔い潰れてたしな。しっかし、と言うことは誰が一番遅く来るのかな?
『クレンさ〜ん、ジャックとドミナイン、ヨールは朝飯いlaね〜ってさ〜!』
………Doom半数撃沈かよ。ヨール………あんだけ飲みゃそりゃ宿酔いにもなるよ………。
と、階段を誰かが降りてくる音が聞こえた。軽やかな音、ってことはやっぱりあいつかな?
『ヤヨイさんも朝食、いらないそうです………っと、おはようございます、メイ』
「おはよう、キース」
ベルボーイをやらされていたらしいキースは微笑み返しで返事し、目の前のテーブルクロスが乱れている席に座った。………乱れていない処の方が少ないがな。
………ん?となるとここに来る予定の奴はあと………、
『クレンさん!調理は終ったぞ!盛り付けの準備に入ろう!』
厨房から声がした。ニクス………調理役にされてたのか。端から見たら、クッキングパパならぬクッキングアーミーだな。やっている事は普通だが、妙な威圧感があるぞ。


五人の朝食はそこそこ盛り上がったとはいえ、やはりヨールがいないと静かだ。まぁ他のメンバー、例えばキースからすれば、
『普段が騒がしすぎるんですよ』
らしいが。
キースが自宅から持ってきたと言う紅茶(アールグレイだのベノアだの何だの言っていたが、セレブの世界は分からんので適当に入れてもらった)を飲んだが、思ったよりも味が良かった。紅茶は午後の紅茶とかLiptonとかしか飲んだことがないから、正直、生で飲む紅茶を過小評価してたっぽい。
『ヨールがいたら、この紅茶も落ち着いて飲めませんからね』
そうティーカップを片手に微笑むキースは、何も知らない女性からしたら、プリンスに見えただろうな。
そんな野暮ったい事を考えているうちに、この日の朝食は終了した。………心なしか、優雅な気分でいられたような気がした。キース………お前は一体何者だ?


少し体調が良くなったので、クレン氏に地図とスクーターを借りて、今日は付近の町を散策してみることにした。
わりと寒い地方で育ったので、人より寒さに強い………と言うより氷点下の方が元気になるからむしろ異常と言われていた筈なのだが………、それでもここの寒さは身にこたえる。例のでかすぎるコートを着て出ていくかな………ん?
『ちょっと!ちょっと!言い忘れてた事があるよ!』
クレン氏の声だ。少し慌てているようにも聞こえる。
振り向くと、クレン氏が手招きしていた。おばさんがやる仕草だ。
「……何ですか?」
俺がいぶかしげに聞いてみると、
『今日は夜間外出禁止の日だから、あまり遅くまで外にいないでよ!』
「………………は?」
夜間外出禁止の日?
ナンデソンナモノガアルノカ?
『この辺りの迷信だよ。この日の夜に外に出ると、雪女に魂を拐われるってね………。最も、迷信の正体は、毎年この日の夜だけ突然吹く大吹雪なんだけど』
………成程、ね。そりゃ外出禁止例も出るわ。外に出たら確実に凍死体の生物がツイスターの牛の如く空を舞うだろうからな。誰もその一員になりたいとは思うまい。
「………分かりました。でもそこまで長い時間外に出ていることはないですから」
社交辞令もそこそこ、俺は重くも軽くもない足取りで外に出た。