ギタリストと雪女 その14


『この辺りで一番ポピュラーなのが雪女の話ですが………はい?それは他の人から聞きました?えっと…………それはどなたですか?
クレン・クライスさんですか!いゃあ懐かしい…………もうかれこれ二十年前ですよ、彼女がここにいらしたのは………もう一人の子、確か………そうそう。ジャック君は何か嫌がっていましたが………。
………と、話がずれてしまいましたね。失礼失礼。………
基本的な流れが入っているのなら、この話もできそうですね………。
本日が外出禁止日なのはご存じですよね?………では、本日が何の日と言われているかはご存じですか?ご存じありませんか。では………。
外出禁止日、それは元々は『禊の日』と呼ばれていたのです。
二人が飛込んだ湖と言うのがですね、雪人達の集落にとって、全ての汚れを清めるための水場だったのですよ。そこに二人が飛込んだ日、それがこの日なのです。
雪人達の長老はこの日になると、裏切り者の雪人と、裏切らせた人間を恨み、その恨みをもって人間世界に、外に出たものを皆凍死させようと起こした吹雪、それが今日まで続く『禊の雪』である、と民族伝承学者モントフィールド・ラキードの著した本《民間伝承大全》には載っております。同様の記述が、彼以前の他の本にもいくつか書いてありましたので、この伝承は間違いなく、人々によって昔から伝えられてきたものでしょう。
禊の解釈としては、【人により汚された地を清める】ための吹雪であると言う者もおりますが…………《禊》と言う言葉の意味から考えると………私は【裏切りと言う罪、裏切らせた罪により汚れた身を清める】彼女らの行為が行われた、と言うことから来ていると考えております。
そして、彼女らの一途な想いが、これとは別の伝承をも作り出したといいます。
それは『禊の日、死者の魂は実体化し、禊の雪と共に天に昇る』というものです。
昔々………とはいっても雪女の話のかなり後ですが………、ある所に、母親を亡くした少年がいました。その少年は非常に寂しがり屋で、葬式の翌日からずっと部屋の中で泣き濡らしていたと言います。
それは禊の日の事でした。朝起きると、「トントン」と、誰かが戸を叩く音がしたのです。少年は泣き枯らした声で「誰?」と尋ねました。それでも声は返ってこず、また「トントン」と戸を叩く音がしました。不思議に思った少年が戸を開けると、そこにいたのは――もうお分かりでしょう。
彼の母親でした。彼の母親が死ぬ前の服のままでドアの前に立っていたのです。
少年は驚き、そして目に涙を一杯浮かべ、母親に抱きつきました。
その日、少年は母親に甘えっぱなしでした。まるで今までの埋め合わせをするかのように。膝枕をして物語を読み聞かせてもらったり、今までのことを話したり、その他にも様々なことを………。
やがて昼が過ぎ、夜になった時、母親は悲しそうな表情をしました。どうしたの?と少年は母親の手をとろうとしました。しかし、
少年の手は、母親の手をすり抜けたのです。
少年は驚いて、何度も母親の手を掴もうとします。しかし、少年の手は母親の手をすり抜けるばかり。
そして母親は語り始めます。自分は幽霊であり、次の日には消えてしまう事を。
「置いて行かないで!」
少年は泣き叫びました。しかし、母親はうつ向いたまま首を横に振ります。少年は母親の服を掴もうとしますが、今度は手はおろか体までもが通り抜けて、少年は転んでしまいました。
外では、先程降りだした雪が、少しずつ激しくなってきていました。
「ママ!ねえ!寂しいのはもう嫌だよ!一人はもう嫌だよ!ねえ!このままずっといてよぉ………」
少年は泣きながら母親に叫びました。それは決して叶う事のない、少年の魂の叫びでした。
しかし、いくら少年が叫んでも、透けていく体は止まりません。母親は、まだ辛うじて残っている胸に少年を抱き寄せ、こう優しい声で少年に話しました。
〔ぼうや、もう泣かないで。お母さんも悲しくなるから………。
お母さんもね、本当は別れたくないの。でもね、神様がね、この場所にいられて、ぼうやに会えるのは、今日だけだって決めているの………ほら。泣かないで。男の子でしょ?
でもね、お母さんはね、いつでも、どんな所でも、ぼうやのことを見守っているから。
だから、絶対、ぼうやは一人じゃないよ。どんな時でも、お母さんはぼうやを見てるから。
だから、もう泣かないで、あたしの、可愛い、ぼ…う…や……〕
声は徐々にかすれていき、母親の姿も、それに合わせるかのように徐々に消えていきました。
外の雪は、全てを白く染めるかの様な勢いで降り続いていました。
少年は、母親の声に、ただ泣く事と頷く事しか出来ませんでした。そして、
「ママァァァァァァァァァッ!」
完全に消える前に叫んだ言葉に、母親は優しく微笑み、そして…………消えてしまいました。
それは、丁度日付が変わった時のことでした。夜が明け、少年は、もう二度と泣かないことを心に誓ったのでした。母親との、思い出を胸に…………』