A-少年A-が出来るまで-2


「ざっと、三十分、ってとこだね」
「………は?」
出口から一分ほどの場所。そこにあいつはいた。
――コンバインに乗って。
「電車が到着してから、三十分。駅の中で何してたんだい?」
moon-childはコンバインの操縦席から、麦わら帽子を斜に被り、長袖の白シャツに短パンを着て、いつも通りのにやけた笑みを浮かべながら俺に馴れ馴れしく話しかけてきた。口ぶりからすると、それなりに待っていたらしい。
「………スパギャラに頼まれて写真を撮ってた」
俺はぶっきらぼうにそう答えつつ、コンバインに乗り込む。ムンチャは特に何も言うこと無く、俺を迎え入れると、慣れた手付きでバーを操作し、田んぼの方へと………って遅いなオイ!
「もっとスピードは出ないのか?コレ」
そんな文句も聞き慣れたものらしく、ムンチャは澄まし顔で返答した。
「この速度が、最も作物収穫に適してるんだよね。だからこれが最高速度」
コンバインの目的、それが作物の刈り入れである以上、その方面の効率特化は仕方ないわけで。
しっかし………何でよりによってコンバインで迎えに来んだよ……。
「………他の車はないのか?」
「この時期はこれ以外走らすな、ってお達しが出てるからね。守れなかったらガンボル判定+HARDにしたスピカ姉さんが襲ってくる」
「………なら仕方ないな」
スピカの怖さは俺も身をもって知ってる。密集地帯で何回ふじこられたか…………。
遠い思い出を頭に映しながら、ふと目線を外に向けてみた。
見渡す限りの、田んぼ、畑、そして所々に建つ家々。それらは全て斜陽を浴びながら、何とも言えない哀愁を漂わせている。
――この畔道を、子供らが走ってそうだよな――
今ではステレオタイプ化された、田舎浪漫だとは分かりつつも、俺はそう思わずにいられなかった。
鈴虫の、声。どうやら季節が、この場所は秋になっているらしい。通りで、蒸し暑い感じが全く無かったのか。
あ、赤とんぼ発見。写真に撮っとこ。
「――いい場所じゃない?ここ」
唐突に、操縦バー片手にムンチャが話しかけてくる。だが、俺はただ風景を眺めるだけだ。時々写真を撮りつつ、ただ無心に――。


コンバインがムンチャによってその動きを止めたとき、日は既にとっぷり暮れていた。
秋風がほんのり心地よい。
ムンチャは足元に置いていたランプを点灯させ、自分は先に降りると、俺の足元を照らした。
俺は軽く礼を言って降りつつ、ムンチャの元に近付いた。
ムンチャのランプが、何処か提灯のように見える。そしてムンチャと離れないように歩く俺。
――まるで肝試しみたいだな――
幸いなことに、脅かし役はこの場所にはいないが。それに、幽霊のような曲は俺の同期に一曲いる。そこまで怖くなるようなことは――無いだろう、多分。


どうやら、コンバインを停めたのは家の裏だったらしい。家のライトが、『Zodiac』という表札を照らしている。
「ここがうちの家だよ。ま、ゆっくりしてってよ。僕はコンバインの整備をしとくから」
言われずとも、俺は最初からそのつもりだ。


「あ〜!Aさんお久しぶりですぅ〜」
!この異常に間伸びした声は――!


「玄武――何でお前がここに?屋敷の警備は?」
俺の視線の先、和室にて座布団の上で丸くなっている、背の低い和服の少女(外見上)が一人、こちらに向けて手を振っていた。玄武――嘆きを守る四天王の一人だ。動きは遅いが、力はマジで強い…………だが、速すぎる動きを見ると目を回す。
普段はお嬢の近くに控えているか、屋敷にいるはずだが――?
「お嬢様がぁ〜、Osamu氏の元に行かれたのでぇ〜、私達四天王もぉ〜、休暇を頂いたのですよぉ〜」
………ぁぁ、長い。聞いていて眠くなりそうだ………ん?
て、ちょっと待てよ?今四天王も休暇っつったな?
「って事は――今、あの屋敷は誰もいないのか?」
大丈夫か?中を誰か警備しないで。
そんな俺の心配も、
「いいえぇ〜。窓や壁は冥さんでも壊せませんしぃ〜、ある方に門番を頼みましたからぁ〜」
「ある方?」
所詮は余計なお世話らしい。何故なら――手は完璧に打たれていたから。


「ガンボルさんとスクスカさんですぅ〜」


「………厳重すぎだろ」
むしろ誰も抜けられる気がしねぇ。
俺の愛用するUN.secの時計。その特徴は、コンマ以下まで正確に時間を表示できるというものだ。
無類の正確さ――それは、これを使用するGAMBOL警部に当てはまる言葉だ。
相手の攻撃を、判定ラインの極端な狭さがなせる必要最小の動きで受け流し、決して自身に近付かせないという、ノーツ数が強さを表すこの世界で異色な実力を誇る。
一方、スクスカ――Scream Squad――氏はまだ若輩ながら、超高速で降る皿とトリッキーなリズムで、迫り来る敵を撃退する。弟の一期後の世界での門番。その実力は、護衛対象であった冥を一度として目に触れさせなかった辺りでも明らかだ。
さらに、スクスカ氏がいると言うことは、二寺最強の曲である冥も来ているに違いない。
――これ以上に最強の警備を望むなら、嘆きのコピーか、それとも――。
「………そりゃ心配いらないわな」
ははは………と、俺は乾いた笑い声をあげていた。


MURASAME製の靴『斬』を脱いで家に上がった俺は、そこに普段は見掛ける筈もない曲が、二名いることに気付いた。
一名は男。黒縁の四角眼鏡と口許を覆うマフラーが非常に印象的だ。家だからか、『韻舞蕾譜』と書かれた作務衣を着て、壁に持たれかかり寝ている。
その横で正座をし、お茶を飲んでいるのは女。腰辺りまでかかる長髪に、首元と腕元が白黒ストライプの長袖シャツ、その上に灰色のチョッキを着ている。アイボリーのスカートは、確かギタドラ国の『夜の夢』製だった筈………っつー事は彼女はギタドラ出身か。
―――何でだ?頭に何か引っ掛かる………。初対面の筈なのに、最近何処かで見たような――。


「「わはー♪」」
ドゴガッ!
「ぐふあっ!」
俺の思考は、突如背後から響いた奇声と、畳が引っくり返るような衝撃によって途切れた。うつ伏せに倒された挙句、背中を踏まれる始末。――俺、何か悪い事したかよ。
「こら、マーマー。せっかくの客人を足蹴にしないでよ」
事後報告ともとれる言葉が、ようやくコンバインを整備し終えたムンチャの口から、呆れたような声で紡がれる。
っつーかムンチャ、せめて俺に対して心配の一言ぐらいかけてくれ。
俺が何とか顔をあげると、そこには物凄く見覚えのある双子が。マーマーツインズ。スーパーハイテンションの名の通り、滅茶苦茶活動的なピアノコア曲だ。あいつらが本気出したら、普通の奴じゃ一緒に遊べねぇ。十中八九吹っ飛ぶからな。
「えーでも」「Aじゃん」
不満たらたらそうに俺にとって納得のいく筈のない理由で返事をする二人。赤のワンピを着た女の方は顔を膨らませ、白い半袖シャツに茶色の半ズボンを着た男の方は腰に手を当てている。――でもAじゃん、ってどんな理由だよ。俺が何かしたか?
…………どうでもいい事だが、この二人、髪型と服を取り替えたら、どちらがどちらか判別できなくなりそうだ………。
「………リトプレのギター、食らいたいのかい?」
ムンチャの一言に、二人の顔が一気に青ざめる――リトプレ?
リトプレ…………Little prayerか!俺が楽譜をもらった!成程ね……通りでふいんき(ryに覚えがあったわけだ。
俺の視界の奥で、茶を飲んでいた女性が、マーマー二人の首ねっこを掴む。
「きゅ」「きゅ」
仲良く首がしまり、奇妙な声をあげる二人に、女性――多分彼女がリトプレなのだろう――は、声を低めて告げた。
「貴方達ねぇ………私の部屋に落書き、真夜中にピアノ演奏、お父さんの眼鏡強奪、ケーキ作った後には台所を洗わないわ……余罪がこれだけあるのに、まさか客人に手を挙げるとはねぇ………」
笑顔のまま淡々と告げる女性に、マーマー二人はただ、頬をひくつかせた愛想笑いを返すだけだった。既に気分は死刑囚だろう。
そして刑は執行される。
「………たまには反省しなさい!」
(赤OPEN発動!)
「うわぁんお姉ちゃんごm(ガシャーン!)」「こんなの弾けないよ指が無r(ガシャーン!)」
「………うわ」
容赦ねぇ………。何て階段だよ。この家、ギターにすら階段を入れるのかよ………
白い煙をあげた二人を隣の部屋に放り投げた女性は、俺の方を向き直ると、顔を少し赤らめながら口を開いた。
「どうもすいません、うちの弟達がご迷惑をおかけいたしまして…………」
そして深々と頭を下げた。丁寧な人だ。
俺はそんな彼女の態度に、思わず次に何を言えばいいのやら………、と困ってしまい、声にならない声をあげるだけだった。
「あ〜リトプレ、これにそこまで気を遣わなくていいぞ。ぞんざいな扱いは慣れている筈だから――っと!」
ムンチャが失礼なことを抜かしやがったので、俺は挨拶代わりの低速同時押しをくれてやった。――見事に右から来たものを左へ受け流しやがったがな。
「んな妙なジャイアニズムをお前んち全体に広げんな。うちらがどんだけ迷惑してると思ってんだorz」
俺もそうだが、AAの奴も結構ふじこられてるからな………。
「ま、マーマーが迷惑をかけたことは確かだから、その辺りは謝るよ。ごめ」
「謝る気殆んど無しかい」
でもま、ごめ、の一言が出たから良しとしようか。
――ん?そう言えば――
「あそこに寝てんのは………」
作務衣を着ている男を眺めながら、俺がムンチャに尋ねると、答えは即座に返ってきた。
「あぁ、あれはポップン国に行った、弟のポップミュージック論。そっちのmemoriesと話は合うんじゃないかな?」
つまりロック系統か。そういや、メモリーズもリミックスされるらしいな。電車の中で後ろからあの「ンメェ〜〜モリィ〜〜ズ」が幽かに響いてやがったし。確かその後、こっちを向いてよがDP化して沈めてたな………あいつもリミされるのか。


夕食はなかなか豪華なものだった。
十二宮米・ザリガニとヤシガニ蠍火揚げ・違いの分かる山菜サラダ・グラデーションシチュー。
調理担当はリトプレと玄武だった。玄武………動き遅いわりに要領は滅茶苦茶いいんだよな。あっと言う間に野菜をパーティー盛りして、マーマーに渡す。マーマーはそれを円卓テーブルに置く。それをほぼ全品繰り返したとき、玄関に声が響いた。
「ごめーん!六段の仕事の後片付け手伝って遅れたー!」
確認するまでもない。Spicaだ。多分Regulusの手伝いをしていたのだろう。Colorsが討ち取った挑戦者を片付ける行動を。
「あ!Aじゃん。そっか、そう言えばうちでリミックスされるんだったよね………ふふふ」
と、何やら意味深な笑みを浮かべるスピカ。
「………何だよ?」
「別に〜?ただAV革命桜色の筆頭に挙げられたアンタが、どううちの色に染まるのかが楽しみでね〜ふふふ」
――こいつの頭の中で、俺はどんな姿になっているのか、気になる、非常に気になる。だが、聞いたら負けだ、と言う思いもある。耐えろ!耐えるんだ俺!
「みなさぁ〜ん!ご飯ができましたよぉ〜!」
割烹着に白ナプキン。完璧にオカンスタイルの玄武の一声に救われた俺は、待ってましたとばかりに席に座るムンチャの隣に案内され、そこに座った。
そして―――


「「「「いただきます!」」」」


脇田楽曲の大合唱と共に、晩餐が始まった。


「いただき〜!」
「わ!ずるいよ!」
「こらこらマーマー、取り合いしないの」
「リトプレいいじゃん別にそんな硬いことは抜きで。だってこれ、美味しいんだしさっ!」
「わぁ〜!それ私が狙ってたんですぅ〜!」
「玄武は予め欲しいものをとっておいた方がいいね………んぐんぐ」
「ムンチャ兄さん!物を口に入れて喋らないで下さい!」
「羽目を外すにしても、礼節は必要だが――姉貴の言う事、誰も聞いちゃいないな」
「えへへぇ〜、ヤシガニいただきぃ〜!」
「あぁ!それ僕が狙ってたのにぃ!」
「Aはこれ食べた?旨いよ?」
「俺、結構間を縫って箸動かしてるから心配すんな。それより………」
「ん!こらムンチャ!あたしの皿から蠍火揚げパクるな!」
「Too late(笑)」