第一話:電波塔の悪魔


「………な〜んか肌がピリピリするんだけど」
魔法生物は、物理攻撃を殆んど受け付けない代わりに、精神攻撃には敏感だ。モイは恐らく、ここに張られた対精霊用結界に反応しているのだろう。
「気にしたら敗けだ。大概の任務にこれは付きものだからな」
「ま〜そ〜なんだけどね」
あからさまに嫌そうな顔を俺に向けるモイ。向けられても困る。
因みに、対精霊用結界にも大きく分けて三種類あり、一定の魔力以下のもの用と以上のもの用、そして完全な精霊払い。
一定の魔力以下用のものは、精霊や魔物にも応用されて人払いにも使われていたりするが、まぁそれは今はどうでもいい。今回の結界は、恐らくは一定の魔力以上を対象にした奴か。属性は電気。何ともお誂え向きな構図だな。
「苦しいんなら俺の影に入っとけ」
俺の申し出に、モイは何故か怒ったような口調で返してきた。
「馬鹿にしないでよ。これくらい何ともないわよ」
やれやれ。心配は無用、か。
「そうかい………」
これ以上どうのこうの言ってもしょうがないと知っている俺は、早々に話を切り上げ、歩き出した。
「なっ……!何よっ!」
後ろではまだモイが怒り声をあげている。程無くして、俺の足が動かなくなる。
「――だから俺の影を一々掴んで止めるなよ………」
やられた側は毎回転びそうになるのを必死で堪えてんだぞ?
「少しくらい気を利かせて待ってくれてもいいじゃない!」
勝手な理屈だ、と思いながらも、多分モイの中では合理的に理論が繋がっているんだろうな。それか乙女病と言う奴か。
だが、俺が次にやることは――。


「――形式番号1052、魔符『開鍵(デロック)』使用。これより調停者43-5、フレイは臨戦体勢に入る。繰り返す。これより――」


懐から取り出した手製の呪符(スペル・カード)を、虚空に向かって放った。ペラペラの紙に過ぎない筈の札は、俺の手を離れた瞬間に鉄板のように硬化し、空中のある一点に突き刺さる。


『―――――!』


結界の壊れる音が、けたたましいアラームのように俺の意識に響く。だが既に心理的障壁を築いていた俺には、単なる任務開始の合図にしか聞こえない。モイの魔力を媒介にしているわけでもないので、モイに被害が及ばないのも特徴だ。
だが――被害は及ばずとも、空気の変化は明らかだ。
「―――!!」
モイの文句が止む。その時が来た事を肌で感じているのだ。
「――モイ」
俺は『いつも』と変わらぬ調子でモイに話しかける。
「――うん」
一方のモイは、『いつも』のように静かに返す。
互いに、次にすることは分かっているのだ。
「――ライトに気を付けな」
「――ええ!」


「「Mission Start!!」」


初め、グレムリン達は騒然としていた。まさか、真正面から堂々と壁を壊して入る相手がいるとは。しかも人間が。
それがさらに騒然とするきっかけは、差し向けた第四部隊の姿が一瞬にして消えたとの報告を受けた事だ。
今まで相手をして来た人間は、電撃、雷撃の一発で目を回してしまったと言うのに――。

さらに、あちこちに仕掛けられたトラップすら、全く効果がないと言うのだ。
焦るグレムリン。それは隊長に任命された者も同様であった。元々自分達は集団統率をとる機会も無いし、そもそもしない。よって、このような状態の時にどのようにまとめるべきか、全く分からないのだ。
目の前でとにかく混乱しっぱなしのグレムリン部下達。それを見ながら内心混乱しているグレムリン隊長。結成された集団は、そこでいきなり崩れ出そうとしていた――。

『gap.jtdmgapjmgd.atmudgpapapeibunkeqThob@dm――quel!』


――かに思えた瞬間、いきなりグレムリンのうち何匹かが焼失した。思わず耳を塞いでしまいたくなる断末魔の絶叫と共に、文字通り『焼けて失せた』のだ。
只ならぬ状況下、グレムリンは怒りに満ちた表情で実行者を見つめ――凍りついた。

それは本能的な恐怖。
絶対的な力量差。
自分達のような存在ならいくら束になったところで、一瞬で全て消されてしまうであろう。それも痕跡を残さず、種族そのものすら。
一撃で全てを支配した魔物は、捕えたグレムリン達にこう命じた。


『戻レバ殺ス。逃ゲレバ殺ス。必ズ奴ヲ殺セ』


「フー!光源右ッ!」
「モイっ!捕えろっ!」
「フー!札っ!」
「形式番号1265、魔符『帰郷(イクジット)』!――モイっ!後ろ!」
俺達の間に、了解の合図は無い。次の行動を相手に指示することが、そのまま了解を意味している。それが、モイを戦闘に出す前に二人で散々に訓練した事だ。
本来は魔法生物を指揮する際は、心理伝達を用いるのが通常だ。あるいは行動プログラミングか。だが、そのどちらも感情プログラミングが無いからこそ出来る芸当だ。人間の魂が核にあるモイには使えない。
となると音声伝達だが、音声伝達は前に述べた二つに比べて若干のタイムラグがあるのが問題だ。特に、妖精や魔物と真面目にガチンコやらかす時は、そのラグが大概は命取りになる。
だからなるべくこいつを戦闘に出したくはなかったが、妙な引け目を持っている所為か、モイはどこまでも引き下がってくる。
それならば――と手を打ったのが、省略できるところは省略してしまおうという、何とも分かりやすく非効率な方法である。
そのために、モイは俺の耳元に幽かに影を置き、声が自分に届くと同時に、自分の声が俺に届くようにしている。
その状態で、二人の息が合うようにかなり特訓したわけだが、これが中々に苦労する。何しろ、モイの攻撃&捕獲のリーチは俺が握っているが、相手との距離感はモイしか分からない。かと言って、自分の視力の片方を譲るわけにも行かない。
結果、家を一定期間隔離状態にし、マルムの協力の元で互いにリーチを掴む訓練、あるいは調整を数日間行う事になった。ウィルオーウィスプを光源にし、俺の影が相手の影に触れる、限界の距離を調べ、そこから戦略を練り、動かすタイミング、動くタイミングまで計算ずくで息を合わせる。この段階に来るまでに何回モイに殺されかけたか………思い出したくもない。
一時期フェキルムの所に強制的に修行に行かせ、帰りに反撃された時よりは、確かに遥かにマシではあるが………。
だが、そのお陰で――!


「後ろっ!」


「くっ!」
如何せん数が多いのがグレムリンだ。相手がどこから襲ってくるのか分からない分、プログラムでは限界がある。例えば、敵と俺の位置が同一直線上にあり、俺に攻撃する相手を倒すようなプログラムが働いたら――俺ごと相手を突き刺すだろう。
だが――!


「形式番号1068、魔符『浄失(ピュリファイ)』」


こうして声で伝えることで、敵の受け持ちの分担が明確化する。それが、新たな戦略に繋がったりもするのだ。
元々、駆け出しの時期を除いて、俺は一人で調停者をやっていた。攻撃範囲のノウハウは分かってはいる。その辺りはついこの間から戦い始めたばかりのモイとは違う。
だが、背後をとられた際の反応時間となると違う。魔符の間合いが取れず、やむなく肉弾戦に持ち込んでしまい、大怪我をして命からがら逃げ帰った事も何度もある。
任務失敗\xAD靆燭僚ĉ瓠∈欧諒畤?△噺世?こΔ澄G惴紊鮗蕕訌蠎蠅?い襦△修譴?匹譴世姥柔い北燭魴劼倁澆瓩蕕譴襪海箸?\xA3


俺の放った札が眩いばかりの光を放つ、その瞬間、俺の影に何かが入り込む感覚。モイが避難のために影に逃げ込んだのだ。一方、逃げ込む場所のないグレムリン達は、
「Gyaaaaowwww...」
断末魔の悲鳴をあげながら、この世界との繋がりを『断たれる』。そうして、元の世界――精霊界に送られるのだ。
跡形も残さず。


「……さて」
ポケットの中の札の種類を指先で確認しつつ、俺はグレムリンの残党に再び向き直った。
『君達には二つの道がある。一つは、このまま大人しく精霊界へと帰ること、もう一つは、俺によって強制的に送り返すこと……』
精霊界の共通言語は、調停者必須の言語だ。使えるのは当然なのだが、そんなこちらの事情など完全に知る由もないグレムリン達は、ただ目を丸くするだけだ。
『……行き先は違うがね』
訳すと紳士風になるのが欠点か。
『……』
グレムリン達は顔を見合わせている。先程の戦闘で、こちらとあちらの戦力差は歴然。だが餌場を逃すのは惜しい、それがあちらの立場だろう。……さて、どんな選択に出る?
『……コロシハ、シナイ、カ?』
この中ではリーダー格らしき、赤スカーフを首に巻いたグレムリンが俺に聞いてきた。疑わしそうでいて――何かに怯えるような目を俺に向けて。
『勿論。君達が我々に危害を加えなければ、こちらから手を出すことはないさ』
そう、手をひらひらさせる俺。これは無闇に力を用いない事の証明のためである。
その間モイには、俺の影、を演じてもらっている。不振な動きをした場合、直ぐ様に飛びかかれるように。
『………』
グレムリンのリーダーは腕を組んで考えていた。その頭の中で何を考えているのかは分からない。だが――こちらの提案を蹴る、その理由はない。
グレムリンのような妖精というものは、自らの『死』を恐れる。精神体が肉体をそのまま形作るタイプの生物は、肉体の死がそのまま存在の消滅へと繋がるからだ。
殺さない。
これは他者の存在を確保する、という最大限の慈愛なのである。
やがて、グレムリンの目が――笑った。


『……ハヤクシナ』


その言葉を聞いた俺は、魔符『送還(リタン)』を取り出し――呪文を唱えた。
辺りを光が満たす――。


――光が止んだとき、そこにグレムリンの姿はなかった。
彼らは、彼らの住まう場所へ。
滅多なことでは殺めることなかれ。
調停者として行うべき送還の掟を、確実に実行したに過ぎない。


「…………」
と、彼らが消えた空間の先を、モイは見つめていた。まだ、グレムリンはいるらしい。
ただし、その顔は――どこか恐怖とも苦痛ともとれる顔に引きつっていた。
「………フー、様子がおかしいよ」
モイは影の動きを肌で直に感じる事ができる。影ゆえの能力かもしれないが、実際のところ俺の気配探知の方が使えるし、実際目を使った方が早い場面の方が多いので、役立つ機会は殆ど無い。
だが――今回は珍しく役に立った。
「……形式番号4012、魔符『色別(カラード)』、対象:精神」
俺は予め自分に対して魔符を発動させ、モイを俺の影に潜ませた。
気配探知によれば、こちらに来る群れは三つ。しかも各自がそれぞれ道を塞ぐような大群で押し寄せているらしい。
退路のみ開いた、十字路で、進路を完全に塞いでいる形だ。


塞ぐ道なら、開ければ良い。
開けなくても、空間から消してしまえば良い。
俺は廊下に何枚かの札を置いて、さらに十字路の中心と、塔中心に向かう進路上に一枚。
これで準備は万端。後は敵が来るのを待つだけだ……。