spiral galaxy -L.E.D. Style Spreading Particle Beam MIX-が出来るまで-Phase 10-


―――The sight of earth scape―――


「………ん……?」
私が目が覚めた時、そこは見慣れない白い壁の場所でした。普段の作業着ではなく、純白の病院服を着せられていて、右腕に点滴を打たれていたことから、ここが病院であることは分かったのですが……。


「目が覚めた?」


聞く人に安らぎを与える、独特の声。私がそちらに目を向けると、この世界では一番有名な医者の――看護婦の姿。
「ドクラブ先生……」
そう。初代からずっと、この弍寺界全体の医療を受け持っているDr.Love先生が、私のベッドに来ていたのでした。
ということは――?
「このBEMANI総合病院に運ばれてきて、貴女丸一日眠っていたのよ?」
この世界唯一の総合病院の名前を聞いて、私は思わず窓の外を眺めました。確かに、外に見えるのは一番街……。
ドクラブ先生は、手に持つカルテに何やら書き込みながら、胸元から体温計を取り出して、私の脇に挟みました。幽かに意識がぼやけているせいか、私はただ為すがままにされていました。
数分後、体温計を抜き取り、その結果をカルテに書き込んだドクラブ先生は、
「……平熱。特に目立った外傷もないし、肉体的にはほぼ大丈夫よ。ちょっと運動すれば元に戻るわ。後は……」
私を覗き込んで、ドクラブ先生は少し困ったような顔を浮かべながら、私に言いました。


「ちょっと来て欲しい部屋があるんだけど……いいかな?」


――――――――――――――

今でも覚えています。
あの生々しい感触を。
利き腕に構えた得物が、スパギャラの胸にずぶりと沈んでいく感覚を。
彼の体温が冷めていく感覚を。
そして、それらの行動を止められ無かった、自分の無力さを。


スパギャラ……
彼はもう、この世には……


「ここよ」
ドクラブ先生が連れてきたのは、何も患者が居ない――筈の病室。名前が全く書かれていませんでしたが――。


「……はは」「おい!おま……」「……なことより」「……い、ロ……」


明らかに楽しげな声が響いています。全員男の人のようですけど……?
ん?何か聞き覚えがあるような――。


「牌の読みが甘いんだよお前ら!」


「!!!!!!!!!!!!!!」


まさか……!?
この声は……!?
そんな筈はないわ。
だって私……彼を……。
「ふふふっ」
ドクラブ先生は、入るのを躊躇っている私の背後にゆっくりと回ると――?


「論より証拠よ♪」


戸を開いて、同時に私の肩を押して――!?


―――the sight of spiral galaxy―――


病室のドアが突然開かれたのは、オレが他の患者達と賭け麻雀(かなり少額だが)の、丁度二順目の頃だった。
「……ん――!?」
俺はそちらに視線を向け――固まった。


「スケイプ………」


純白の病院服を身に纏い、点滴を打たれている、COREのリペア担当――スケイプだった。
「――――!?」
焦点が定まっていない瞳が、みるみるうちに光を取り戻して、さらに涙を潤ませてきていた。かく言うオレも、無意識のうちに麻雀カードを枕元に置いて、両腕を解放させていたが。
信じられない、とでも言いたげな顔をして、口の前で両手を重ねていたスケイプは、やがてそのまま――


「スパギャラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
オレの元へと駆け出して、そのまま抱きついてきた!
オレはそんなスケイプを抱き締めようとしたが――!?


「あだだだだだだだだだっ!」
い、痛いっ!スケイプ!お前痛いっ!抱き加減考えろっ!
「――っ!?」
驚いたようにばっと離れたスケイプに、後ろでニヤニヤしていたドクラブが肩を持ちながら話す。
「こらこら、重傷者に抱きつかないの。彼の姿見える?さすがに色々とヤバイ状態だったんだから。
貴方も感謝しなさいね。よくもまぁこの怪我で生きてたと思うわよ。背骨の一部と肋骨の骨折、左足と右腕の複雑骨折、体の各部に打ち身、裂傷、左肩脱臼に右足捻挫、おまけに全身火傷……どんな事したらそんな大ケガするのよ全く……」
「ハハハ……」
笑い事じゃねぇか。流石に。
「………」
スケイプの奴は、ショックから脱出できていないのか、すっかり静かになっちまったが……。
「……夢じゃないのよね?これは夢じゃないのよね……?」
まるで壊れたレコーダーのように繰り返すスケイプ。オレはそんなスケイプに聞こえるように、ハッキリと言った。
「……ごめんな、お前の気持ちに気付かねぇで」
入れ替わりの出来事について。
「……ごめんな、すぐには助けられねぇで」
敵の陣地での出来事について。
そして……この際だから言っちまおうか。
「そして――


ごめんな、いつも心配かけてよ」


これがオレの本心。わりと破天荒やってる意識はあるが、それはある意味こいつへの甘えそのものだって、今回の一件で散々思い知らされた。兄妹だから……と言うよりは仲間として、あるいは――。


「!!!!!!」
スケイプはもう言葉もねぇ状態らしい。ただ驚いたような表情を浮かべて、ポロポロと涙を溢すだけだ。その唇が、何かを呟くように幽かに動いている。
「……パ……ラの……!」
何だ?何でこのタイミングでぷるぷる震えてやがる?しかも唇を少し食い縛った状態で――!?


「馬鹿ぁっ!」


「うおあっ!」
病室全体に響き渡るほど大きな声で、だが確かにオレに向けてスケイプは叫んでいた。
「馬鹿っ!馬鹿っ!馬鹿ぁっ!馬鹿ぁぁっ!」
そのままオレのベッドに倒れ込んでくるスケイプ。オレに打ち付けるのを我慢する代わりに、オレのベッドに拳を打ち付けていた。その表情は、完全にくしゃくしゃだ。
「どうして、このタイミングでこんな事いうんですかっ……!これじゃ貴方を、無茶しないでって怒れないじゃないですかっ……!!全くっ……貴方って人はっ……」
「スケイプ……」
「大体貴方はっ……いつもいつもっ……」
ここでスケイプは一度言葉を詰まらせ……泣きじゃくりながら何とか声を絞り出して――


「生きてて……良かった……本当に……良かった……っ」


「スケイプ……」
こいつを苦しめていた大元は、オレが打ち倒した。だが、一度とはいえ、本意ではないとはいえ殺してしまった事実がスケイプを苦しめ、心を殺している。
――なら、生き返らすのはオレしかいねぇ。一度死んで生き返った身だ。今度はオレがぶっ生き返す。
だからこそ、オレは普段と同じように、普段通りにあいつと接する。別に特別なことは意識しなくていい。ただ、オレはオレのままでいればいいんだ。


「ふぅ……何とかいつもの通りに戻ったわね」
ドクラブが影で呟いているのに、オレは全く気づかなかったが、今はそんな事はどうでも良かった――。


―――The sight of ???―――


「………ふぅ、危ない危ない」
唐突にこの世界の神に命じられたことは、死神業務の代行と――スパギャラ氏の救出だった。確かにどこにでも遍在できる僕だからこそ出来る代行とはいえ……お願いしますコナミ神様。せめて現職レベルか少し下程度の力を下さい。
現場に辿り着いたとき、スパギャラ氏は気絶しながら落下していた。彼の上には、既に爆発を始めかけていた巨大な爆弾の存在。
こりゃマズイと思ったので、彼と一緒に次元転移。彼の体は当然慣れている筈もなく、左肩と右足に少し怪我を負ったけど――!


僕の背後から、閃光――そして爆音。
フォント10.5の文字に表すとA3用紙が軽く埋まるくらいの大轟音を立てて、敵の基地らしきものは木っ端微塵に爆発した。
立ち上る火柱。それは行為を起こした勇者を誉め讃えるかのように崇高で、偉大だった。……見ていたのは僕だけだったらしいけれど。
「………さて」
僕は早速携帯電話――と言うより無線を取り出して、見知った番号に掛けた。
「あ、はいもしもし。ドクラブさん、急患一人お願いできますか?……はい、はい。有り難う御座います」
……ふぅ。これで僕の役割の一つは終了だな……そんな事を考えている時に限って何故か、無線に割り込み電波が入ったりする。
相手は予想の通り。
『あ、もしもし指痛ス〜?月見バーガー二個ほど宜しく〜じゃ(ガチャ)』
……またも出ましたお邪魔虫。姉貴(あいつ)が憎らしい。
自分の決定権の欠片も無しに切った姉――MOON RACE――に心の中で悪態をつきながら、僕――Ubiquitos Fantastic Ride――は財布の中の小銭を確かめるのだった……。


―――the sight of spiral galaxy―――


ドクラブの話だと、L.E.D.家の面々も軒並ここに入院しているらしい。正直、顔を会わせづらいがな。元々Remix企画が立ち上がらなきゃこれも無かったわけだから……。
「………」
ま、尤も、大怪我しているオレが他の奴に会いに行けるわけが無いんだがな………。
ガラッ
「……ん?」
突然、回診の時間でもないのに戸が開いた。何だ?また来客か……!?


「やあ」


ドアの外にいたのは、OUTER LIMITS氏……?いや、でもこの気配は――!?
「L.E.D.さん!?」
どうして!?何故ここに!?てか怪我は大丈夫なのかよ!そんな一連の疑問が浮かんだが、口に出す前に全て消えてしまった。
L.E.D.氏は、やや苦笑い気味の笑みを浮かべて、オレの前に椅子を置いて座った。
「ちょっと、話をしようか」
オレはただ、「は、はい……」としか言えなかった。


「まずは、礼を言わせて欲しい。僕を助け出してくれて有り難う、spiral galaxy君」
そう深々と頭を下げるL.E.D.氏に、オレはやや照れぎみに返答した。
「そ、そんな事無いっすよ。こっちこそ、オレなんかをRemix対象に選んでくれてありがたいっす」
肝心のリミックスはまだだが、選ばれたこと――それが嬉しかったのもまた事実だ。
L.E.D.氏はそれを受けて幽かに笑みを消すと、オレを真っ直ぐに見据えながら淡々と語り始めた。
「今回は完全に予想外の事態だった。OUTER LIMITSと同意を得た上でのスナッチが途中で妨害された挙げ句、その体自体も奪われてしまったわけだからね……本当なら直ぐにでも始めておきたかったんだけど……」
「仕方無ぇですよ。んなことは」
テロを予測することは不可能だ。バグの発生を予測するのと同じぐらいにな。
「確かにそうだが、君達に余計な手間を与えてしまったことは否めないよ……」
悔しそうなL.E.D.氏。
「………」
その表情は、オレを沈黙の世界に引きずり込むのに十分な威力を持っていた。
正確に任務を完遂する、特殊部隊L.E.D.曲の父親だけあるな、とこの時オレは少なからずの感心をL.E.D.氏に抱いていた。多少のアクシデントは想定していた筈だが、まさか当人襲撃、武器庫製作、さらには入れ替わりまで行われるなんざ想定外もいいところだろう。対応しろなんて酷なことを、誰も責められやしねぇよ。
だが、L.E.D.氏はそれでも、自らの非を責める。それはある種反感を持たれそうな情景だが、死線を潜り抜けたオレにそんな感情はさらさら無かった。
この人は……もしや……本気で……。


「……ねぇ」
「……はい?」
暫くして、顔を俯けたままオレに話し掛けてくるL.E.D.氏。そのまま返すと氏は、決意したような……どこか生き生きとした声でオレに聞いてきた。
「君が持っているプログラムリボルバー、それを数日預かってもいいかい?一週間も掛からないから」
「あ……あぁ……」
それなら構わねぇが……。
「えと、今は何処にあるか分からないんですが。多分ドクラブ院長なら場所を知っているかと」
当然病院服に着替えさせられている時に保管してある筈だ。あるとしたらその場所だろう。
「協力ありがとう!」
顔を勢いよく上げたL.E.D.氏は、オレに対して手を出して……少し考えて引っ込めた。その視線は、オレの両腕に向かっている。生々しい傷跡だ。生々しくて太くて白いわ。包帯の束が。
「いえいえ。だってオレのリミックスですから」
自分が関わるんなら最大限協力すんのは当然だろ。ところで……。
「ところで、リミックスは何時にしますか?」
流石にこの体じゃ色々と耐えられねぇ。L.E.D.氏も本来の世界に帰る必要がある筈だしな。