GENOM SCREAMS-SPECIAL THANXX RMX-が出来るまで 1st


正拳突き、パリングからの正拳突き、フック、アッパー、回し蹴りから蹴り上げ、肘。
相手の攻撃を受け流しつつ関節を極め、固める。
不用意な拳をそのまま引き、重心移動を利用して投げる。
鳩尾に蹴り、膝。
間合いを一気に詰めて、そのまま顎に一撃。その攻撃を受けた対象は、尽く畳の上にその身を沈めていく……。
「………押忍」
俺はそれを確認すると一礼し、そのまま後ろを振り返る。背後にいた、胡散臭いインド人のような男は、俺の視線を受けて、電光掲示板に数字を表示させる。
1:42。


「……ふぅ。随分舞踏武道中心にやっていたせいか、手がお留守だな」


全盛期に叩き出したベストタイムには程遠い時間を眺めながら、俺は静かに目を閉じた。
以前の力を取り戻すにはさらに鍛練が必要だろう。そう感じ、以前肉体改造に協力してもらったManhattan Sports Clubに再び協力してもらい、こうしてトレーニングをしている。何故?今さら?思う方もいるかもしれない。だが、俺――GENOM SCREAMにとっては、それは重要な事だった。
理由は、そう。'あの'事件――。


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親父殿が旧友、TAKA氏の1st album作成企画。そこでspiral galaxy君をリミックスすることになった親父殿が、黒の兵士に拉致されてしまう。紆余曲折があって奪還は成功したが、電人が一時的に乗っ取られ、L.E.D.家出身者の大半が重軽傷を負った'黒の兵団'事件……。
電人は今電人四兄弟が整備しているというが、彼ら自身の傷跡は、未だに生々しい銃創として残っている。
かく言う俺自身にも、傷痕がいくらか残っている。敵兵に不覚にも傷つけられた傷だ。あまりにも敵が(雑兵とはいえ)多すぎて、前後左右上下全てに対応できなかったのが敗因だろう。


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あの事件の後、俺自身が自らの未熟さを感じ、嘗て俺が五鍵国で活躍していた頃扱っていたトレーニングメニューを再びこなすことにしたのだ。DDR国用に受けていた足の訓練だけでは、いつかは限界が来る。人体の特徴上、全体重を支える足は筋力的に手より強い。だが、人体を支えると言うその特徴ゆえに連続で攻撃するのは至難であり、相手にガードされた時も来る反撃に向けて間合いを取るのが難しくなる。
故に、初心に立ち返り手と足を絡めたコンビネーションで相手を倒す訓練を行っているのだ。仮想的データを産み出し、それを倒していくこの『武道場』にて。


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「中々戻ってきたんじゃなィでィすか?」
怪しい言語で話してくるエセインド人風の外見を持つこの男が、この武道場の主であるManhattan Sports Clubだ。普段はこいつと同じ名を持つスポーツクラブを経営している。励ましの言葉を頂いたが、個人的に満足できる水準には至っていない。少なくとも、この男に以前受けた肉体改造レベルに追い付かなければ……。
いつまでもヘルスケに負けてもいられまい。神から頂いた死神の力は愚か、あいつ自身が元々持っていた力にすら及ばないのは癪だ。
せめてあいつの元々の力は超えたい。その基準があの肉体改造だ。過酷で、血ヘドを何度も吐いたあの虎の門。あのレベルに追い付かなければ……誰も守れやしない。
俺は弱い。それは俺が一番知っている。ならば強くなるには鍛練しかない。守るために。失わないために。
「……いいえ、まだまだですよ。もう一セットやらないと……」
また戻ろうとする俺を、制止するマンハッタン。その目はにこやかではあるが、トレーナーとしての鋭さも持ち合わせている。
「ィや〜無理は禁物でィすよ。乳酸が溜まってきてィますから、マッサ〜ジを行ィます。それが終わったら改めて本日のおさらィをィ行うでィす」
そのまま俺の目の前で武道場の畳の床にマットを敷くマンハッタン。言動は元より、指摘は正確だ。俺は素直に従うことにした。


通い始めて数ヵ月、そこそこ昔の調子を取り戻し始めていた頃、その手紙は来たのだった。


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「お手紙でィすよ」
いつものようにトレーニングを終えた俺に、マンハッタンは一枚の手紙を渡してきた。俺宛の住所……だがこちらに届いたという事は、神直々に届けた、という事か。
早々に俺は中身を確認する事にした。裏の紙を剥がして、書いてある文章を読むことにする。


『電人K L.E.D.
Disc 2-1
GENOM SCREAMS-SPECIAL THANXX RMX-
Remixed by dj.SET UP』


「!!!!」
俺は驚きのあまり、手紙を潰してしまうところだった。
あの事件は、SET UP兄弟の末子、Spiral galaxyが我が家でリミックスを受ける時に発生したもの。
恐らく偶然ではないだろう。相手はそこそこ数多くの名義を持つコンポーザーである。にも拘らずこの名義で受けるという事は……。「………まさか、な」
父自ら頼んだとか?――有り得る。そうでなければこの符合は無いだろう。確かスパギャラ君もあのアルバムでDisc 2の一曲目だった筈だ。
つまり――親たちが仕組んで決めたことだろう。
「……ふ」
なかなか面白いことをしてくれるじゃないか、親父殿。
手紙には予定日も書かれていた。俺はその日から数日間、武道場に通わないことを告げると、マンハッタンはいつも通りの笑顔で休んでいる期間の簡単なメニューを渡してくれた。筋状態を回復させるメニューだ。
俺はそれを有り難く頂くと、一人家路を急いだ。出発時に向けて、簡単な準備をするためだ。着替え、戦闘服、そしてアメニティグッズ……。それなりの時間しか掛からないだろうが、これくらいの準備は必要だろう。
そして、相手方に向かうときの必要最低限の行為――。


『あ〜もしもし、こちらCORE。どういったご用件で?』
「GENOM SCREAMだ。SET UP氏にリミックスされると聞いて、予定日の集合場所と集合時刻を確認したいのだが」
『ゲノムさん!お久しぶりです!』
「スパギャラ君。あの事件以来か。久しいな。怪我の方は大丈夫か?」
『もう全快しましたよ。あ〜はいはい集合場所と時刻ですね。今兄貴に確認しますんで、折り返し電話いたします。では〜』


流石に集合場所や時刻ぐらいは誰でも設定するだろう。当然の常識的対応として。
数分後に電話を受け、俺の準備は完了した。あとは当日、そちらに向かうのみ……。


――――――――――――――


だが、前日の帰り道のことだ。
マンハッタンに出発前最後のトレーニングをつけてもらった俺は、いつものように夕焼けの帰り道を一人歩いていた。
いつもの帰り道の筈だった。だが――?
(人が居ない?)
まるでセカンドライフの如く人の気配が皆無だった。この時間帯なら大体、子供の一人か二人が駆け足で家に帰る様を見かける筈なのだが……?
(………)
その代わり、明らかに俺の方につけてきている集団がいた。4〜5名か。意識は明らかに俺の方向に向いている。ファンか否か……そもそも俺自身、ファンにつけられる経験をしたことは無い。大体がヘルスケとドランクに取られていたからな。……ファンと言うより殺意に満ちた連中か、あれは。
……まぁそれはどうでもいい。
「……出てきたらどうだ?夕暮れ時とはいえ寝覚めの悪い殺意をこちらに向けられて気を良くする存在は居ないぞ?それともその殺意は飾りか?」
気配からある程度離れた場所から、振り向いて挑発する。挑発云々関係なく気付かれたと言うことで住宅の影から何かがぞろぞろと現れてくる。その姿を見て、俺はバッグから手甲を取り出した。
黒の兵士――恐らくそれの残党か?執念深く俺を見つめる瞳には、執念以外の感情は何も入っていない。その手には鋭利な刃物――恐らくは日本刀を模しているのだろう。あるいは長槍、鎖鎌、鎚。恐ろしく近接戦闘向けだ。
「………」
俺は落ち着いて、周囲の気配を探り直す。これだけ近距離しか集めていないという事は、確実に遠距離タイプの兵士がどこかにいる筈……。
感じた気配は――六つ。前の四人以外にまだ二人潜んでいる。場所が分からない以上は、どうする?
俺は自問自答しつつ、目の前の敵にも警戒心は絶やさない。隙を見せればその瞬間に終わる。それを理解できないほど平和ボケはしてはいない。
目の前の敵が、その剣を振り上げた。あまりにも不用意な行動。俺はそれを真横に身をくねらせて避け、そのまま延髄に裏拳を叩き込む。その勢いのままもう一人の鎚も回避。同じように叩き込んだ。
もう一度、気配を探る。敵の気配は――頭上!
咄嗟にしゃがみ、気配と敵と自分が直線上になるようにする。そのまま片方の敵に一瞬近づく。
銃声。俺を貫く筈のそれは敵兵士二人を貫き、長槍と鎖鎌が地面に落ちる。
俺は長槍を拾うと気配の方向に投げ、鎖鎌を持つと敵兵士を壁に気配の方へ近付いた。バキッ、と背後で音がする。どうやら命中したらしい。俺はそのまま駆け足でもう一つの気配に近付き――正体を見定めず正拳突きを繰り出した。
連日の訓練で鍛えられた俺の拳は、敵の顔を貫くのに十分な威力を誇っていた。パリパリと音を立てて、破片が顔に飛んでいく。だが、肌に傷一つ付ける事なく、破片すらも消滅していく。
俺が振り返った時には、破片すら残さず黒の兵士は消えていた。武器すらも、初めからそこに無かったかのように消滅してしまったのだ。
「………」
残党か?俺を狙う理由は納得出来るものがあるとはいえ、あまりに唐突だ。いや、これはむしろ時期を狙っていると考えた方がいいか?
あの手紙も、裏の紙を剥がさなければ見れないような仕組みになっていた。つまり主催者側としては秘密裏に行いたいイベントの筈。それは恐らくあの事件が関係してるのだろうが。だとするならばもう既に何処かでバレているという事か……?
「………」
道端で考えていてもしょうがない。一先ずは家に帰り、COREに連絡するか。手甲を仕舞い、既に青と紫が濃くなりつつある空の下、俺はやや警戒しながら家へと戻っていった。


家に着くと、俺は早速夕飯の準備をする。サプリメント……ではないし、ましてプロテインではない。スタミナ食でもない。普通の――バランス食だ。
ほうれん草、トマト、人参等の緑黄色野菜を中心に、大豆の蛋白質を存分に利用した精進料理。妙だろうか?いやいや、健全な肉体は健全な食生活から。こと野菜と穀物は万物の基本だ。筋肉を増やしたい時は動物性蛋白が良いが、俺はそこまで筋肉を増やしたいなどと思わない。某格闘ゲームの元奴隷兵士の如く、あるいは某18禁スレスレライトノベルの師匠の如くの筋肉を目指しているわけではない。あくまでも、守る力の習得だ。それはそのまま攻めることにも通じる。防御と攻撃は一体化するのだ。
一通り調理して食い終えると、俺は軽く柔軟を行い、風呂で体を洗い流し、床に着いた。
また明日の朝も早い。今は疲れた筋肉を休めなければ……。


早朝。大概の人間が眠る午前五時。起床して二十分後、軽くランニングを10km程。帰ってきたら朝食。魚が美味しい和食を一つ。テレビをつけ、ここ数日の天気予報を見る。特に天候には異常はないらしい。食い終えた後皿を洗い終え、時間を置いてトレーニング。腕立て腹筋背筋を100回三セット。やり終えたところで時刻を確認。10時くらいか。集合時刻は午後。今から行って軽く二時間待つ程度。だがあえて早めに行く。その方が様々なトラブルがあった時に対応できるからだ。
と言うことで俺は荷物を纏め、玄関に向かった。各部屋の戸締まりも忘れずに……


ピンポーン


……ん?誰だ?荷物を持ち、覗き窓を覗く。
「………」
そこにいたのは、ヘルメットを被った、白黒ライダースーツの男。その背中では天使と悪魔の翼が左右対称でプリントされている。そして纏う気配が……スパギャラ君と同じだ。
「……」
俺は黙って戸を開け、インターホンの主に訊いた。
「君が俺の案内役か?予定と違うが」
予定では9番街の駅で集合、と言うことになっていた。だがここに来ての変更だ。何らかの理由があるだろう。
「ああ。ここに来たのはワケアリだ。聞いて欲しい。
――長兄GUILTYが、何者かに連れ去られた」