ギタリストと雪女 その18


『お帰りぃ。一体どこほっつき歩いてんだい?外出禁止令まであと三分ほどだよっ!』
いや、後三分どころか日が暮れるまでかなりありそうなんだが………、という反論を俺は必死で解体作業していた。まぁ地元人の常識に口を挟むのは愚かしい事だし、今の声も別に怒っての怒鳴り声ではなく、単純に心配しての声なのだろう。俺はその意を汲みとった上で軽く返した。
『全く。吹雪に拐われても知らないからねっ。ほら、罰として夕食の準備だよ!』
何の罰だよ。多分、
忠告を聞かずに外出を長時間続けた罪
なのだろうが………世界の神ぐらいじゃないのか?それを裁く権利を持つのは。
………まぁいい。


厨房に追いやられた俺を待っていたのは、
『メイちょ!このサラダ持っといてもらえるかいなっさ?これぞ天啓ナリ』
『………少しはまともな言語を喋れ………』
出会い頭に野菜一式渡すドミナインと様々なタレを作っているジャックだった。この二人、結構一緒にいることが多いのは、やはりヨール関連だろうか?
「天啓かどうかは知らんがやらせてもらう」
ドミナインから野菜一式を受けとると、俺は野菜を洗いに流しへ行こうとし………ジャックに止められた。
『…………』
「な、何だ?」
『…………生ハムとモッツァレラチーズが置いてある流しでお願いする…………トマトはスライスしてくれ』
あ、晩飯メニューの事か。
「了解」
さて、調理に取り掛かりますかね。…………っても俺は盛り付けるだけか。


二日酔い組はもう回復しているらしい。流石西洋人。分解酵素が違う。ということは………俺は調理場を見た。
「やはりか………え?」
ヨールとニクスは予想通りだった。ただ、まな板の上に置かれているもの、それは…………いつぞやのサーモンだった。
俎板の上のサーモン。さぞかしあの二人にとって捌き甲斐がありそうだ。
………リッツが流しに置いてある辺りで、もう既に晩飯は確定した。俺は野菜を洗い始めた。


その日の晩飯は、
「………わぁお」
予想通りサーモン尽くしだった。
サーモンと玉葱のマリネ、サーモン寿司、サーモンの刺身、リッツ+サーモン+イクラ、サーモンのムニエル、焙りサーモン、サーモンの………。………いきなり黄金伝説かよ?全て食べ尽せるのか?
俺は(多少は回復したらしい)ヤヨイ氏の顔を見てみた。………やはりどこか敬遠していると言うか何と言うか………圧倒されている。そりゃそうだろう。目の前に山盛りのサーモンマリネ(野菜切り、盛り付けは俺)、そしてかなりの勢いでがっつくヨールとニクス、そして………俺。
考えてみれば朝飯から夕方まで何にも食べていないわけで。だから腹が、体が栄養を求めているのは必然の道理なわけで。………後で同じような食べ方をしているクレンさんに、『なんだい男共。レディの前ではしたないじゃないか』とか自身がレディでない事を証明する一言を言われたのは少し堪えたが。
『………そういうおばさんはレディじゃないのか……』
ジャックがクレン氏に呆れながら問うと、
『あたし?あたしはマダムだから』
とばかりにサーモンの刺身をフォークで一刺しにしてを口に入れた。
ジャックがこちらに視線を向けた…………言いたいことは分かる。たぶんクレン氏以外この場にいる全員思っている筈だ。
《………その行為はマダムから遥か一億光年ほど離れているんですけど………》
何気無くヤヨイ氏を見て、彼女もやはり、同じ考えを抱いているのだろうか、少し眉尻を寄せていた。――どこかその表情がかもし出す雰囲気が母親に似ている気がしたが、多分気のせいだろう、と思う――
………考えてみれば、ヤヨイ・クリシュバールは稼いでる額から行ったらセレブに名を列ねても良い筈なのだが、どうしてこの宿に泊まったのだろう。まぁ下手な高級ホテルにはない良さを求めて来たと言う可能性もあるが………。
………いけね。焼きサーモンが食われちまう。俺は一先ず箸を進めた。


『この料理にはこのワインが合いますよ、どうぞ』
キースは、ヤヨイ氏が料理に合うワインを探そうとしたのを見て、すかさずアドバイスをした。どうでも良いが、方やクラシック界期待の新人天才ヴァイオリニスト、方やアングラ系ハードロックバンドの看板ギタリスト。しかもどちらも美形で、事情を知らない奴が見たら、きっと王子とお姫様か?と思えてしまうだろう。二人だけでここまで絵になるとは………。俺は手元にカメラがないことをここまで残念に思ったことはないだろうし、これからも当分はないだろう。
………神様は、マジで、不公平だ。
と、俺はニクスの腕を見てみた。はち切れんばかりに血管が浮き出ている………だからヨール、食事中ぐらいは抑えろよ………。
『………メイ……』
ん?この妙にぼそぼそとした声は………。
「何だ?ジャック」
『………どうかこの馬鹿と俺を引き離してくれ………』
「あ?」
見てみると、ドミナインがジャックの腕に頬を擦り寄せている。
『………はぅ………あったかいよぅ………お持ち帰りしたいよぅ………』
………うげ、気持ち悪。ドミナイン、お前何飲んだんだ?明らかに眼鏡でガリで地味変なお前の台詞ではないぞ?
『………どちlaかと言うとギャルゲーの、しかも俺の貸した奴の台詞だぜ、そle』
うゎ、マッキン!
「お前読心術使えたのか!?」
その一言にマッキンは首を振り、呆れながらドミナインの軽動脈を極めた。
落下×一瞬。
『コイツのこの台詞を聞いて、誰の台詞だと思わねー奴はいねーだlo?何年間こいつと付き合ってluと思ってんだよ……何度も同じ場面を見てんだよこっちは………』
「………マッキン、大丈夫か?」
『ああ。今まで酔ってたんだがコイツの今の台詞で百年の酔いも覚めたぜ』
「…………」
電波男ドミナインは、酔い冷ましには最適であり、最悪らしい。


その後、倒したドミナインを寝室に運んだり、ヨールをやっぱり絞め落としてニクスが部屋に運んだり、サーモンをまだ吹雪いていない外に置いておいたり(クレン氏曰く『出しときゃ固まるのよ』らしい)して、今日の晩餐は終了した。昨日ほど盛り上がらなかったのは、多分Doomの面子全員がライブ翌日で疲れていたからだろう。それに、二日酔いの余波も、多少はある筈だ。