ギタリストと雪女 その19


他の奴らが部屋に帰り始める中、俺は食堂で少し考え事をしていた。
何故ヤヨイ氏を見て、母を思い浮かべてしまったのか。
顔立ちが似ているわけでもない。声も、やはり違う。
しかし、何と言うか………背負っている気配が似ていたのだ。儚く、すぐ消えてしまいそうな、まるで、そう。雪のような………。
『なーに思いに耽ってんだい?』
突然クレン氏が、俺の髪の毛をくしゃくしゃにしながら聞いてきたせいで、俺は現実に一気に引き戻された。
「うわわっ!やめて下さいクレンさん!」
とっさにその手を振り払い、俺は立ち上がってクレン氏の顔を睨みつけた。後ろにはストーブが見える。一人で暖まるつもりなのだろ。
『何だい何だい、辛気臭い顔してっからつまんない事でうじうじしてんじゃないかな〜って思ってねぇ』
つまんない事、か。そんな風に考えているように見られたんだろうか。
『まっ、人が抱える大概の悩みなんざ、あたしにとっちゃつまらないものなんだけどね。あっはっはっ』
………ひでぇ。
「………で、何か用ですか?」
少し苛立つ声を押さえて、さっきまで座っていたソファの反対側に立つように移動しながら、俺はクレン氏に尋ねた。
クレン氏は、やれやれといった表情でこう言った。
『今朝のあたしの情報、役に立ったかい?あたしはそれが心配でね、夜しか眠れそうにもないよ』
いや、それが普通だし。それ全然心配してねーじゃん。しかもそれ他の芸人のネタじゃん。
まぁ、お礼は言うとして。
「もちろん、役に立ちましたよ。ありがとうございました」
俺がそう言うと、クレン氏は嬉しそうに答えた。
『そうかいそうかい。役に立って良かったよ』
そして、今さっき持ってきたばかりの、自分が暖まる用であろう石油ストーブに火をともして………ん?石油ストーブ?
辺りに少し、石油の香りが漂い始める。
………え?ちょっと待てよ?あの博物館には石油ストーブが置いてあって、そこに火はついていた筈だよな?じゃあ何で、どうして博物館の中には石油の香りが全くしなかったんだ?
……まさかな……と思いつつも、訊かずにはいられなかった。
「………今の館長さんの名前は、ヴァン、ですよね?」
しかし予想通りと言うか、最後の砦陥落と言うか、クレン氏は怪訝そうな声で返答してくれた。


『………ヴァンおじさんは一年前に亡くなって、今は二十歳の孫のランケ君がやっていた筈だけど………』


…………。
これ何てWinter fantasy?
正直に話したところで信じてもらえなさそうなので、この後適当にごまかしたが………まさか、このfairy taleが実在するとはな………。となると、次は雪女か?………と冗談はこれくらいにしておこう。
『?ま、いいや。そろそろ寝ないと、明日きついよ?確かあんたも、明日には帰るんでしょ?』
「そうです」
『だったら早く寝ときな。準備は済んだの?ほら行った行った』
明らかに急かす口調で俺にそう言うと、クレン氏はソファに寝転がってすっかり寛ぎスタイルになった。………それが目的ですかい。


自分の部屋に戻った俺は、出発できるように荷物を整理し、何故かあまり眠くない体を無理矢理横にして、ベッドの中に入れた。これで目を瞑れば、いつかは夢の住人の仲間入りができる。そう考えていた、のだが……。


E〜〜〜〜〜〜♪


………何だ?こんな時間に。何の音だ?ヴァイオリン?しかも外から?外出禁止日じゃなかったのか?


A〜〜〜〜〜〜♪


…………どうしてだろう。すんげー気になる。


D〜〜〜〜〜〜♪


俺はベッドから這い出て、窓の外を見てみた。・・・まだ降っていないか。…………行ってみるかな。
そしてあの馬鹿でかいコートを引きずり出して………やっぱり重いな………外に出た。


音のする方へスクーターを走らせる。何故だろうか、地面が徐々に雪原になって行っている気がした。そういえばほんのりと雪が舞ってきている。外出禁止日というのも良く分かる。この降り方では吹雪になるのも時間の問題だ。だが不思議と、引き返す気にはなれなかった。寧ろ行かなければならない、そんな気すらしていた。
ふと、胸元が少し暖かくなった感じがしたが、気のせいだと思い、アクセルをさらに強く踏んだ。


やがて、巨大な湖の前にもう一度着いたとき――――。