ギタリストと雪女 その24


翌日。
俺は夜のうちに涙ながらに書き終えたメモを、ヤヨイに渡した。
「………これで以上だ」
「声、大丈夫なの?」
一晩泣き明かした所為で、俺の声は少しかすれていた。まぁ歌を歌うことはないし、暫くしたら治るので、日本に帰ってからの仕事には問題はないが。
「…………ああ。それと……」
俺はベッドから起き上がり、手持ちのバッグの中を探って、件の楽譜を取り出し、彼女に手渡した。
彼女はパラパラと楽譜をめくり……………こう尋ねてきた。
「この曲のタイトルは?」
そういえばまだ決めていない。
「…………まだ曲を全部弾いたわけじゃないからな。決めてない」
あぁ、と彼女は納得したような声を出した。それからしばらく考え込み、ふと、



「『Freezing atmosphere』何てどうかしら?」



そう俺に告げた。



「『Freezing atmosphere』…………『凍てつく世界』、か………」



それは、俺とヤヨイが真に出会った場所。
それは親父と母さんが、出会い、そして結ばれた場所。
だから………。



「…………いいじゃねーか。それにしよう」



結論を待つ彼女に向けて、俺は親指を上に突き出した。





これは余談だが、今まで創った曲を彼女の前で弾いて、彼女の発言で確信した事が一つある。
俺のギター欠乏性は、つまりは母親の妖力の封印が月日と共に弱まり、ペンダントから流れ出して俺の体に溜っていったことから起こっていた、という事。彼女は、
「これ、全部霜月姉さんが考えた曲よ」
と少し不機嫌そうに言っていた。成程。妖力の中には、音楽が好きだった母親の意思が少しばかり込められていたらしい。その少しは、実は限りなくでかいものだったりするわけだが。
そして更に彼女は続ける。
「姉さんの妖力って、実は結構強いもんなんだよね。それに耐えられるってことは、あなた、体質的には雪女に近いんじゃないの?」
………思い当たる節はある。氷点下5度近くだと極端に元気になる、そしてこの雪原に来たときのあのノスタルジィ。
「………かもしれんな」
なんとも複雑な心境だが。男なのに雪女とは。
「………それはそうと、どうして湖の上でヴァイオリンを?」
今更と言う気もしないでもないが一応聞いてみた。彼女はあっけらかんと答える。
「まぁ、雪女としてのお勤め・・・・って事もあるんだけど・・・弾きたいと思ったから、って理由じゃ駄目?あたしはたまに練習の時とかこうしてるけど」
「いや、十分だ。俺もその感覚は分かる」
雪女にとっての夜の雪原は、俺にとっての夜の公園の感覚に近いんだろうな。多分。誰もいない、張りつめた空気の中で演奏する、そのときに得られるあの独特の感覚、と言うか快感がたまらない。それは互いに一緒なのである。