A-少年A-


『月明かり、山の思い出』



蛍火が妖精の明かりに見えた夜
腕にはランプと羅針盤
月の示すままに
光の差すままに
知らない道を歩いていく


一人
独り?
誰もいない
誰もいない?
誰も来ない?


無意識に足を早めながら
目の前の草を退けながら
通りすぎる虫達を
何も見ないかのように
ただ通り過ぎながら


怖い
怖い?
もう帰りたい
もう帰りたい?
まだ入り口だよ?


鈴虫の鳴く川岸
蛩の鳴く叢
しゃばしゃばと川は唄い
足元の草はそれに合わせ踊る


遠ざかるように駆け出す
知らず溢れ出す涙
こうして逃げ出してきた
こうして逃げ出してきた?
どこにも行けていないのに?


ころげ落ちながら
転がり落ちながら
それでもただ走り続けた
後ろは振り返らない
後ろは振り返れない


でも…………


振り向いた先に見えたのは
蛍の舞う湖畔
月に照らされて揺らぎが光る
水面に群がる蛍達
風と共に飛び発ち――!


逃げてきた先、逃げようとして
一体何を見落としてきたのか
一体何から目を反らしたのか
失うことを恐れる心が
自分の中から何かを失わせた


見落としてきたもの――
見ないでいたもの――
それこそが大切な――


立ち止まり
振り返り
戻る道へと足を進めた
受け入れる事の大切さを知った
月光る山、少年の夜