A-少年A-が出来るまで-1


「………ふぅ」
住み馴れた7番街の大都会から出る、臨時急行に乗って数時間、ようやく目的の駅に着いた時、俺―A―は、やや灰色かかったブロンドの髪をかきあげながら、思わず呟いてしまった。


「………何て田舎だよ」


幽かにコンクリートの床が剥がれたプラットフォーム、そこまで厚くないトタンの屋根、そして――有人改札
駅の外に見える景色も、田んぼと田んぼの間に細い車道が一本ある程度。遠くまで見渡せるその先にはこれまた緑色の山があり、その中腹辺りにはパラポラアンテナが見える。――あれが電波塔か。
夏とは思えないほど涼しげな風が、俺の茶色のジャケットをはためかせる。
「…………」
俺は駅の時刻表を確認した。この風景だ。予想が正しければ―――。
「………やっぱしなorz」
そこに書かれていたのは、一時間に一回は愚か、二時間に一回すら危うい電車の到着時刻が、明確に刻まれていた。


きっかけは、俺達ルネサンス兄弟に来た、それぞれ一通の手紙。
「兄者………」
弟のAAは、手紙を手に取り、読み込んだ瞬間、興奮のあまり体が震えてしまっていた。
「どうした、弟者…………!」
俺はそんな弟の様子を横目で眺めつつ、手紙を見て――同じように全身固まった。
俺達の親父――TAKA――が、今度自らアルバムを出すらしい。そして、そのアルバム収録曲に、俺達兄弟は二人とも選ばれたわけだ。
ただし――。


「………兄者?どうした兄者?」
手紙から目を離さない俺を心配したのか、弟が俺に声をかけてきた。
だが、それにすら俺は反応できなかった。


――Remixed by 少年ラジオ――


弟と違い、俺はリミックス枠への収録だったのだ。


少年ラジオ。
それは、俺と二期違いの☆12であるmoon_childの、親が名乗っている名義だ。正体は勿論wac氏。別名、鍵盤の魔術師。
同期のスピカの奴も含め、氏の曲譜面には階段が多いのが特徴であり、親父のそれとは毛色の違うピアノメロディがつけられる事が多い。
早速俺は、前髪で目が隠された少年のような外見を持つ、ムンチャにどんな感じになるだろうか相談してみたら――。
「リミックス二日前に、うちの実家に来て欲しい。なに、どうせリミックス会場もそこだしね」
とばかりに住所が書かれた紙を渡され、何の説明もないまま帰りやがった。
俺はすぐ追い掛けたんだが――見失った。
逃げ足の速い奴め。MAXBPMは俺の方が速い筈なのに。
にゃー。
その俺の近くで、一匹の猫が俺に向けて鳴いている――ような気がした。


「――兄者、ムンチャの奴に逃げられたのkへぶおっ!」
家に帰ってすぐ聞いた言葉が、弟の、いかにも意外そうな言葉だった。感情的に苛立っていた俺は、その言葉を聞き終る前に思わず加速階段を食らわしてしまった。――まぁさすが弟。橙色の髪を何本か犠牲にしながらも、すぐに回復しやがったがな。
「……いつつ……、酷いぞ兄者。時に落ち着け」
皺になったシャツを何とか伸ばし、埃を落としながら弟は言う。実力のない者なら即座に違う世界へ旅立つであろう一撃を、この弟は平然と受ける。なんとも羨ましい実力差だ。
「………すまない弟者」
先の一発でだいぶ落ち着いた俺は、ふと、弟の手に握られている何かが気になった。
「弟者、その手に握っているものは何だ?」
「ああ、これかい兄者」
そう俺に見せたものは、moon_childの曲調メモと、あと一つ。
「………何だ?どうしてギタドラ国の譜面が?」
『Little prayer』とタイトルが打たれた楽譜。それがもう一枚の紙の正体だった。弟は俺の疑問にあっさり答える。
「テクスチャに聞いたのさ。兄者がリミックスがどうなるのか不安そうだ、ってな。
そしたら『でしたらこの二曲を参考にしたらいかがでしょう?』ってこの紙をくれたんだよ」
「………」
テクスチャ、と言うのはラジオ番組『音響寺』のMCを、ほぼずっと担当している弟の同期だ。腕っ節はそこまで強くはない………が、有り得ないくらいにコネが広い。全ボス曲と対等に話せるのはこいつぐらいじゃないのか?
「…………」
とまぁそれは兎も角。俺は渡されたメモと楽譜を眺め、脳内で再生してみた。


揺れ動くテンポ。
壊れそうな美しさと、壊そうとする激しさの同居。
めまぐるしい曲展開。
そして――電子ノイズ。


「…………成程な」
そりゃ少年ラジオと名乗るわけだ。
と言うことは俺もこれでリミックスされたら―――………まだ想像つかねぇ。けどな――。
「………ありがとよ、弟者」
気にすんな兄者、と言う弟の声を聞きながら、少し気が楽になった気がした俺だった。


だがそれから、弟の情報以外には何も得られず、弟と何やらwktkなり歓談なり漫談なりしながら、あっと言う間に月日は過ぎていき――。


リミックス二日前、俺は弟に見送られ、リミックス枠のメンバーが乗る列車に、足を踏みいれた。
様々な曲の、見送りを背に。
一部曲の、同伴者と一緒に――。
「土産あればよろしくな兄者〜!」
弟は別の特別急行に乗るので、実質俺は同伴者無し、と言うことになった。


ここで俺の現在の服装を言っておこう。
茶色のジャケットの下には、ダークレッドのシャツ。それに黒のロングパンツ。腕には、GAMBOL刑部も愛用のUN.SECの腕時計。


「どんな感じになるんやろな〜」
俺の隣で明らかにwktkしているブロンドのショートヘアーにシャツ、短パンと言う活動的スタイルなちびっ子はTHE SAFARI。真の力をまだ解放してはいないが、初登場から未だにボス曲として崇め奉られている大先輩だ。――こんな姿だが。
食い殺された六段プレーヤーは数知れず。不動の七段ラスト。
「そっちはRyu☆さんだっけ?いいな〜ハイテンションそうだな〜」
サファリの後ろで席から身を乗り出している黒のセミロングにオレンジのカーディガンの女性はRainbow flyer。ロング版では声ネタだといじられまくったトランスだ。
「何やの〜?そっちかてシンセの貴公子Sotaさんやん。良さげやと思うで〜」
そんな曲同士のwktk会話を聞きつつ、目線を左に反らすと――。
「よっ。お前もいたか」
見覚えのあるダークスカーレットの髪に、黒のジャケットをはおった男が一人、俺にひらひらと手を振っていた。
「スパギャラ………」
spiral galaxy。弟の同期にして二寺界の中枢、System R.E.D.のCOREメンバーの一人だ。
「どうした?お前の弟君は来てねぇのか?」
「あいつは別枠だ。親父直々にlong化されるらしい」
COREメンバーの中では、俺はこいつが一番話しやすい。それは多分、真面目な役職のわりに当人がずぼら………いや、フランクだからだろう。
「そういやお前は気楽そうだな?」
「俺か?まぁL.E.D.氏リミックスだから、そこまで壊されるこたぁないだろうしな(笑)寧ろ……」
直前まで笑っていた顔を曇らせ、スパギャラは後ろを向いた。何があるのか見てみると………。


「………リミックス怖いリミックス怖いリミックス怖いリミックス怖い………ファッキン」
「てめぇ………俺の親父を信用しろよ!それと腐圧筋言う時は中指立てろや!」


「………あれな」
「………あれか」
スパギャラと同名義で作られたGuidecca、そのリミックス担当が最悪のラス殺し担当、通称偽ロックのFAKE TIMEの親である、ピアノバラードのdesolationの奴を崩壊編曲したRemo-con氏なのだ。
「まぁ、あそこまで怖がるのは仕方ねぇな。FAKEの奴自体も怖いし。特攻服を着てよく電車に乗れたな」
「…………」
そういやこいつも弟と同期か………スパギャラの疑問はさておき………つくづく思う。R.E.D.の奴はどこかおかしい。強さが一部おかしい。
「――そういや長男と三男がいないな。どうした?」
「あの二人――NEMESISとlower world――は、お前の弟君と同じ列車だぜ。もっとも、ネメシスの兄貴は付き添いだがな」
DJ.SET UPの二寺面子は、揃いに揃って今回はお出掛けのようだ。
「――さて、俺はそろそろ降りる事になるが、お前はどこまで行くんだ?」
スパギャラに聞かれ、俺は住所を書かれた紙を出したところ――こいつ、固まりやがった。
索敵担当のスパギャラの事だ。一瞬で住所検索したんだろう。――何処なんだ?
「……どうしたスパギャラ」
処理落ちしたPCのように硬直したスパギャラを覗き込む用に俺は尋ねたが、何の反応もない。
一分後。
『spiral galaxy様、spiral galaxy様、まもなく駅に到着します。どうぞ、降車口に移動してください――』
社内アナウンス――久しぶりにCheer Trainの声を聞いた気がする――の音でようやく我に返ったスパギャラは、バックの中から何かを取り出すと、メモと一緒に俺に押し付けながら、
「駅に着いたら周辺の景色を撮ってCOREに送ってくれ。頼む」
そう言うと、駆け足で降車口へと移動していった。その間、わずか五秒。
俺はただ、呆気にとられるだけだ。
我を取り戻す頃には、スパギャラは既に車外の人と化していた………。


「遅いわねぇっ!いつになったら着くのよっ!」
「お、お嬢様!落ち着きなさって下さい!」
………お、あれは嘆きか。んで朱雀がお付きとして来てる、と。
しっかし………凄い格好だな。フリル五倍増しのゴシック風ドレスなんか着やがって。どっかの舞踏場にでも行くのかよ?
「私は早く劇場を見てみたいのよ!オペラを見たいのよ!そしてウィーンフィルのコンサートを生で聞きたいのよ!」
!?今聞き捨てならない台詞が聞こえたぞ!
「お嬢様、今暫くの辛抱ですから、どうか、どうかお静かに!Osamu Kubota氏が下さったまたとない機会なんですから!どうか今は御辛抱を!」
Osamu Kubota、と言う単語が聞こえて、聞き捨てならない台詞が何とか腑に落ちた。そうか、嘆き嬢の担当はforeplayの親父、国際色豊かなOsamu氏か。で、ウィーンで曲を創るから、その前に一旅行させようとしている、そういう事だな。
しかし………電車でウィーンまで行けるのかよ?


…………あれから、リミックス枠の奴はどんどん降りていった。で――今残っているのは、
「あらサファリさん、いつも美味しい嘆きをありがとう♪」
「おおきに♪」
などと和やかに血に満ちた会話を繰り返す嘆き嬢とサファリ、そしてその側で会話を流し流し聞いている俺の三曲となった。
………何なんだ、この暇さは。電話が伝わるかは知らんが、弟に電話してみるか――って圏外かよ!
あ゛ぁ…………暇。


『A様、A様、間もなく駅に――』
救いの放送が流れた!俺は走った!そして涙こらえて扉開くのを待った!


そこには――遥かな時をのせた、田舎の風景。


この時ほど、暇潰しに外を見ときゃ良かったと後悔した事はない。


「――ホントに『特別』急行、とはね………」
時刻表に『急行』の二文字が無いことを確認した俺は、自嘲気味に呟く事しか出来なかった。
電車が出た頃にはまだ東にあった太陽は、着いた頃には空を朱色に染め始める程に傾いていた。
ふと、何と無く携帯をとろうとした俺の手に、携帯以外の固い感触が。
取り出して見てみると、それはデジタルカメラ。しかも所々しっかり改造されている。部品のあちこちにs.g.の文字が刻まれているっつー事は――。
「スパギャラ………」
一瞬このまま売っ払ってしまおうか考えた俺だが、――売れそうな電気店すら無さそうなこの町だ。いや、町か?町というより――村だこれ。
「…………」
まぁ、考えてみれば、こんな風景、そうそう目にかかれるもんじゃ無いしな。今回はあいつの頼みを聞いてやるかな。――それとも売りつけてやろうか、高値で。
そんなたわいも無いことを考えつつ、俺は黄昏時に近い田舎の風景をカメラに納め続けた。――恐らく、他の奴が見たら変質者に思われただろうな。無人のホームで、何かに憑かれたようにシャッターを押す男。ただ単に撮り方の問題かもしれないが。


ひとしきり撮り終えた後で、俺は携帯を確認した。
バリ三。
ど田舎なのにバリ三。
まさかとは思うが………あの電波塔――高性能か!
………別にいいや。それがどうした。それよりも、早いとこ駅を出ようか。日も更に傾いて来てやがるしな。