A-少年A-が出来るまで-12


かすれがすれな声で、俺は何とか返した。………正直、大声はキツイ。


くぴくぴと、ムンチャが入れたココアを飲みながら、俺は改めて自分の体を見直してみた。
ここまで着ていた服の代わりに巻いている、バスローブと言うかタオルケットと言うか、その辺りの布の下には、あまりにも、あまりにも綺麗な少年の体。
華奢な体つきに、未発達の筋肉。そして、二次性長直前の、6.5〜7頭身。完全に、子供の体だった。
この体で、どんな曲が奏でられるのだろう………?試したいが、少しばかり怖い。ある程度後にしようか。
「落ち着いたかい?」
ムンチャの声にも、そこまで嫌味な感じはない。案外子供好きなのかもしれない。
「僕は可愛いもの好きだからね」
「だから心を読むなって」
声のキーが上がってしまっているので、そこまでの迫力が出ないのが何とも。何だかな。
ムンチャは相変わらずの調子でハハハと笑いながら、俺が飲み終ったコップを流しへと持っていく。そしておもむろに………何かを取り出して――!
「あぁっ!」
スパギャラのデジカメ!どうしてこいつが!?
心が完全に読めているであろうムンチャ。果たしてしっかり答えてくれた。
「逃げ回ってるときに落としたっぽいね。ノイが森で拾ったって………はい」
納得。そりゃ確かに落としはするわ。あんだけ必死に逃げてりゃ。
俺はムンチャからデジカメを受けとると………データを確認して、
「………ありがとう」
「そんなに信頼無いかなぁ、ボク」
苦笑いをするムンチャを傍目に、俺は後でノイにも言っとかなきゃな、と考えていた……。


予想できる危機、というのは、実はそこまで多くはない。だが、その多くない危機の一つが、まさに目の前に迫っているのを、俺はひしひしと感じていた。


「CAWAII〜!!」
ムンチャの子供の頃に着ていたらしい服を身に付け、懲罰室から出た俺を出迎えたのは、どっかの雑誌の名前ような絶叫のままに、全力で抱きつくスピカだった。
……うわっ!酒臭っ!この女(ヒト)、臭うよ〜!
「はぅぅ………かあいいよぉ………お持ち帰り、駄目?」
………暴走しすぎだろ、スピカ。無論全会一致で×の決議を受けたスピカは、名残惜しそうに俺を離すと、飛馬姉のような瞳で俺を見つめてきた。………止めてください。貴女がやると獲物を狙う豹のそれにしかなりませんから。
「………えらい変わりようだな」
ポ論はそう一言破棄捨てるように呟くと、軽く頭を撫でて別の部屋に行ってしまった。後から聞いた話、相当気恥ずかしかったらしい。何でだ?
マーマーとスマイルは、新たな弟分が出来た、と喜びながら俺を平然と振り回して――!
「だからいい加減にしなさいっ!」
「「指がっ!指がぁっ!(ガシャーン!)」」
――とこんな感じでリトプレの裁きを受けていたりする。
そのリトプレはというと、
「これからは、姉として、よろしくね」
と、軽く握手をして、頭を撫でてきた。どうやら、この状態の俺だと頭を撫でたくなるらしい。………まぁ、分からんでもないけどな。こんだけ小さきゃ。
それと――?
「あれ?ノイは?」
先ほどから、全く姿を見掛けていない、あの性別不詳の子供。あいつはどこに行ったのだろう。
その疑問に答えたのは――玄武。
「あの子はぁ〜、妙なラジオを抱えながらぁ〜、んん〜とぉ、えぇ〜とぉ………」
………。
「………ぁあぁ!屋根の上でお絵書きしてますぅ〜」
――親と違う意味で長いわ!


『………あぁ、よく来たねぇ………ガガッ』
「………」
外は満月がやや欠けた月夜。それでも十分明るいのは、家の明かりが近くにあるからか。
さっき使った梯を何とか苦労しながら登った先に、ノイはちょこんと座っていた――星のひとラジオを膝の上に置きながら。
「………」
相変わらずノイは一言も発さない。声帯があるのか疑わしくなるような静けさだ。
と――そんな明らかに失礼なことを考えていた矢先だ。


ラジオが喋った。
ノイズ混じりの聴き慣れない声で。
でも明らかにwac氏な様子で。


「………ハーヴィーと言ってみて下さい」
『……それはどこのキーリだい?』
いや、だって。
ラジオが喋るんですよ?
言わせたくなるでしょう?
コスプレーヤーにキャラの台詞を喋らせたくなるのと同じように。
『……ま〜、ノイズ混じるけどこれで……ザザ……我慢してね……』
黙殺しやがった!
「………」
不満げな目線をwacラジオに向けたが、今の体が体だしな………正直、効くとは思えねぇ。スピカ達のあの様子じゃ、ダダこねたガキの目線にしかならねぇからな。
そんな俺の様子をアンテナ根本の不気味な一つ目で眺めながら、wac氏は再び音を出し始めた。
『……体の調子はどうだい?どっかおかしくなっているところは?』
「今のところ無いです。まだ声の高さに慣れていませんが」
この高さで普段の俺の口調、と言うのは何とも違和感ありありだからな。まぁ、記憶をいじらなければそうなるのも必然――
『…ザ…はっは、それは仕様だよ〜色々と面白そうだから(ピュコーン)』
――確かに必然だ。この人がそう考えてんのなら。
「…………」
俺は無言でノイに目配せしてみた。ノイは無言で首を振る。ち。
『あ、あはは………ごめんごめん』
カタカタと幽かにラジオを震わせながら、絶対冷や汗かいているであろう声でwac氏は返してきた。
やっぱり圧力は無言だNe♪
「ごめんで済めば削除界は存在しませんって。別に理由以外はそれほど気になりませんから」
それでも言葉で返すのは、社会生活生物の定めっつーか習慣か。
『あはは……まぁ…ザ…の調子なら事後の経過も良さそうだね。一先ずは安心したよ。後は……』


『戻ってから再調整するだけだね』


「……早いな」
こっちに来てそこまで経ってないんじゃないのか?俺の頭に湧いた疑問に答えたのは――ここまで全く動きがなかったノイだった。
「………φ(カキカキ)」
何気無い動作で足元に置いてあったスケッチブックを手にとると、まっさらなページに何かを描き始めた……って絵、巧いなオイ!
『あ〜ノイは僕が育てた』
「wac氏、お前もか!しかもそのせりふはどこぞの監督か!?」
何だ!?少年ラジオ名義は全員読心術持ちか!?それも全部wac氏の仕様か!?これがwac OSクオリティ!?
「………φ(カタン)」
俺が呆然としている間に、ノイは絵を描き終えたらしい。懐中電灯で照らしながらしげしげと俺が眺めたのは……リミックスの手順を図示したものだった。
俺達が相手をするプレイヤー界に属しているwac氏は、こちらに来るために精神を一時的に飛ばしている状態だという。いわゆる幽体離脱の状態だと考えれば分かりやすい。
その状況は肉体に滅茶苦茶負荷がかかるため、一回にいられるのは一日か、長くて二日らしい。氏の場合、あちこちに飛んだ事を考えると、使った体力は相当のものになる事は想像に難くない。
『…ザザ………いい加減そろそろ、こっちも限界でね。もうちょっと居られたら良かったんだけど……ガガッ……』
徐々にラジオからの声に、ノイズが被さるようになってきた。別れの時は、確実に近付いてきている。
「………最後に、いいですか?」
『…ザザァ……何だい?』
今しか、言える時はない。むしろ、今でしか出来ない。
俺が、やらなければならない事。


「この俺の曲で、送らせてください」


俺がどのように作り替えられたか、自分でも知りたいし、何より、創ったwac氏にも聞いてもらいたかった。それが、リミックスされた者としての、願い。
「…………」
ノイは相変わらず黙ったままだ。ただ――俺への視線は、俺にその権利を認めたもののように感じられた。
ぱらぱら……と、スケッチブックを捲り、何かを探すノイ。やがて、手を止めたときに開かれたページには、
【いいよ】
の三文字が記されていた。
『……ザザッ………』
wac氏は何も言わない。ノイズが辺りに響くだけだ。たが――


ラジオの目が、一度閉じて、開いた。


『………お願い……ザ……よ』
薄れていく言葉。それでも聞こえた『お願い』の言葉。
それを耳にしてすぐ、俺は――


曲を奏で始めた。


「―――♪」


次々に浮かんでは、泡のように消え、そのまま広がっていく風景。
森の静けさ。
虫の声。
水音。
根の重低音。
大地の脈動。
そして、月が見下ろす電波塔から発信される、数多くの情報。
それらは混ざり合い、溶け合いながら一つの空間を作り上げている。
神灯という、一つの情報を。


「―――♪♪♪!!!!」


静けさに別れを告げ、俺の持つ速度倍速変化に入る。浮かんだ景色は、ひたすらに走る、俺――追われているのか、追っているのか。
前には自分の影、後ろには怪物。二つの風景が、交差しては薄らいでいく。
そして――


転んだ先に映る、蛍の湖。
幾千の光が、消え、増え、光り、また消えては光っている。
静寂の中の、ゆらめき――。


「―――」
奏で終えたとき、そこに居るのは、俺とノイ、そして何も言わない星のひとラジオと――。


「―――」


いつも、いつの間にか俺の隣にいる、わけ分からなくて、だがどこか憎めない男――ムンチャ、それだけだった。
幽かに欠けた月は、この旅の終りを俺に伝えているかのように、寂しげに、弱々しい光を投げ掛けていた………。


ありがとう、wac氏。
素敵な曲を、ありがとう。


その後、一先ず元の体に戻した俺は、ムンチャを一発殴りながらノイにお礼を言った。ノイは、恥ずかしそうにスケッチブックで顔を隠しながら、軽く頷いてくれた。
そのまま『Zodiac』にて荷物をまとめ、玄武から「お土産ですぅ〜」と、握り飯と特製の漬物をありがたく頂いた。帰りの道中で食べてくれ、との気遣いらしい。
電車まで送ってくれたのは、やはりムンチャだった。あいつは、「じゃ、また仕事場で」と、あっさり帰る素振りを見せておきながら、俺のポケットに幽かに何かを忍ばせて行きやがった。
それに気付いたときには、もう姿をくらましていたが……逃げ足の早い奴め。


電車の中、俺はポケットの中に入れられたものが何かを確認した。何かのメモ用紙らしいが………。


『読心術のやり方』


「………」
後で見ることにして、俺は一人、玄武の握り飯を黙々と食べることにした………。
つーか、何つーものを入れてんだあいつは。


「お〜っす。あら?蠍火、お前だけか?」
COREに寄ると、そこにはいつもの四人+ジェノの姿はなく、代わりに居たのは、ツンデレクイーン蠍火
「そうよ。聞いてない?ジェノ達は今日、怪我して休んでるって」
「あいつら何したんだよ……」
まさか………あの銃声と関係あんのか?
「何なら叩き起こしてあげようか?」
「やめとけ。それより、頼まれてくれていいか?」
「お安い御用よ。で、何?」


蠍火にスパギャラ用の土産とデジカメを預かっといてもらった俺は、一先ずアパートに戻ることにした。
「………ん?」
ふと、アパートの郵便受けに、見慣れない封筒が挟まっているのが目についた。宛名は――、


「『少年A』宛て……?」


何だろうか。
リミックスされた俺宛て?
少しwktkしながら部屋の鍵を取り出し、鍵を開ける。まだ弟のAAは帰っていないらしい。ゆっくりと帰りを待つかな………と封筒を開き、手紙を開く。


「―――!!!!!!!!!!」


『親愛なるAへ
やぁ。お久しぶりってほど久しぶりでもないか。会ったばかりだし。さすがにあの会う時間は短すぎるよあっはっはって事でまた一緒に会いたいかな?何で疑問形とか下手なツッコミしたら嫌だよ。そんな風に育てた覚えは……TAKAに聞こうか(笑)
そんなよた話を聞くより君は本チャンに入りたいタイプだよね?偽っても無駄だよ。疑ってもね。そんなせっかちな君に朗報。
この手紙を見たら早速中央広場まで来て欲しいんだ。少年の君にあげたいもの。それは夢………じゃなくて譜面ね。再調整が終了したから手渡すだけで使えるよ。
ただし次の作品からしか使えないからその辺りは絶対に了承してね。
では。また後で会おう。


wac』



fin.